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亀岡めぐり5 千手寺

千手寺の本堂と境内京都

千手寺

薭田野(ひえだの)神社から
2.5キロほど北へゆくと

獨鈷抛山(とこなげさん)
千手寺(せんじゅじ)

があります。

千手寺の山号碑と参道の階段

参道

薭田野神社の大鳥居は
篠山(ささやま)街道との
分岐点にあるのですが

どうやら、
薭田野神社だけでなく
千手寺の参道でもあるらしく

大鳥居の脇には
石碑までありました。

千手寺への案内碑
千手寺への案内碑

道なりにゆけば
ほかにも案内の石碑があり
迷うことがありません。

この土地との
深い関係が感じられます。

千手寺への案内碑
千手寺の参道案内

やがて参道は、千手寺のある
行者山(ぎょうじゃさん)
へとつづいてゆきます。

ここまでくると、
すっかり山道です。

千手寺の参道
行者山

修行の山というように
急な斜面をぬけてようやく
境内へとたどりつきました。

千手寺の参道の階段

空海

千手寺をひらいたのは
弘法大師(こうぼうだいし)・
空海(くうかい)
だといいます。

千手寺の鐘楼門

遣唐使(けんとうし)として
唐(中国)にわたった空海は

恵果(けいか)和尚から
密教のすべてをさずかって

真言密教の祖師となった
といわれますが、

空海は
唐での修行の終わりに

密教をひろめるのに
よき場所に飛んでいけと念じて

独鈷杵(どっこしょ)
という法具を投げたところ

空のかなたに
消えていったといいます。

千手寺鐘楼門の仁王像

獨鈷抛山

帰国後、奈良の
春日大社(かすがたいしゃ)
をたずねたところ

春日明神があらわれて

空海が投げた独鈷杵は
丹波の国にあるとして


この地をしめしたようです。

千手寺の本堂と境内

こうして、空海が
当山のふもとまでくると

春日明神の使いである
白鹿があらわれて
道案内をしたといいます。

すると、春日明神の
お告げとおりに松の木に

空海が投げた独鈷杵が
かかっていたそうです。

千手寺の本堂

そこで、空海はこの地に
寺をひらくことにしまして

山号を
獨鈷抛(とこなげ)山
としたようですね。

「独鈷」杵を「投げ」た
ことからきているようです。

千手観音菩薩

また、空海は
香木をもちいると

一刀に三礼をこめて
十一面千手観音
(じゅういちめんせんじゅかんのん)
を彫りあげたといいます。

空海の手による
千手観音を本尊とすることから

千手寺(せんじゅじ)
というようです。

のちには、眼病にも
霊験ご利益があったといいます。

千手寺の由緒

また、
春日明神の使いである
白鹿があらわれたことから

この地を
鹿谷(ろくや)
というようですね。

開基堂

じつのところ、お寺の参拝は
ほとんど行ったことがありません。

ですが、先日
六甲比命(ろっこうひめ)神社

古代史を紐解くなら
お寺にも行ったほうがいいよと


アドバイスをいただきましたので
思い切って訪ねてみたのでした。

千手寺の開基堂

いざ来てみると、お寺も
とても興味深いところです。

こちらは、
開基堂(弘法堂)といって

弘法大師像を
安置しているといいます。

以前はこちらに、本尊である
千手観音像をお祀りしていたようです。

千手寺の本堂
千手寺 開基堂の由緒

築数百年だというお堂は
傷みがはげしく
近々改築されるのだといいます。

鐘楼門

静かで、穏やかで、
とても心地のよい場所です。

千手寺からみる亀岡盆地

鐘楼門(しょうろうもん)
のあたりからは

行者山のふもとの
佐伯(さえき)郷
よくみえています。

鐘楼門は、かつて
愛宕(あたご)神社
山門だったものを

明治時代の
神仏分離のさいに
千手寺に遷したようです。

千手寺の鐘楼門の由緒

お稲荷さん

境内を散策していると

ふと、
お狐さまが目につきました。

千手寺のお稲荷さん

なにやら脇には
やや崩れかけた参道が
つづいているようでした。

千手寺の境内の稲荷社への参道

ただでさえ、
ひと寂しい境内の

さらに山奥へと
はいっていくのは

ちょっと
気がひけましたが

やっぱり、気になってしまい
登ってゆくことにしました。

すると、参道のさきには
赤く塗られたお堂がありました。

千手寺のお稲荷さん

なかには、お稲荷さまが
祀られているようでした。

とはいえ、ここは
お寺さんですから

神仏習合の神・
荼枳尼天(だきにてん)
を祀るお堂かもしれません。

千手寺のお稲荷さん

立派なお狐さまです。

境内の鬼門(きもん)にあたる
北東に祀られているようです。

神社にせよ、お寺にせよ
お稲荷さんは鬼門守護とされる
ことがおおいようです。

もしかすると、
地主神(じぬしがみ)として
祀られているのかもしれません。

千手寺のお稲荷さん

威厳をもって
堂々としていらっしゃいますが

どこか寂しそうにもみえるのは
このお堂まで参拝されるかたが
少ないからでしょうか?

個人的には、鬼門のお稲荷さまには
「あわうた」がよろこばれる感覚があり
ここでも奏上させていただきました。

そうしたら、なんだか
笑顔になっていただけたような
気がしました。

そこで、
みなさまに弘めますからと
お写真を撮らせていただきました。

どうか、もし
獨鈷抛山(とこなげさん)
千手寺(せんじゅじ)

へご探訪のさいは

ぜひとも、こちらの
お稲荷さままで
足をお運びくださいませ。

佐伯氏

ところで、
千手寺をひらいた
弘法大師・空海は

幼名(俗名)を
佐伯眞魚(さえきのまうお)
といいまして

四国・香川県の
佐伯(さえき)氏に
ゆかりがあるといいます。 

薭田野神社がある一帯は
佐伯(さえき)郷といい

佐伯灯篭祭が
おこなわれているのですが

この地の、佐伯もまた
佐伯氏と関わりがあるのでしょうか?

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