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亀岡めぐり3 イナムシ祓い

亀岡盆地の水田京都

亀岡盆地の稲田

JR亀岡駅まで
バスでもどるとこんどは

自転車をレンタルして
亀岡盆地を駆け抜けます。

亀岡城(かめおかじょう)
の城下町を抜けて

篠山(ささやま)街道
にのるとすぐ

目のまえには
水田が広がりました。

亀岡盆地の水田

とても美しい光景です。

亀岡盆地は地下水が豊富で
農業にも適しているようです。

宝と民

出雲大神宮(いずもだいじんぐう)
神饌田(しんせんでん)もそうですが

ひとびとの繁栄や豊饒をおもう
神社や神さまにとって

「田」というものは
「米」というだけでないようです。

「食」をささえることは
「人」をはぐくむこととなり


やがては、
「国」が豊かになります。

亀岡盆地の水田

ホツマツタヱでは

「宝(たから)」とは
「田(た)から」
生まれくるもので

「田(た)」によって
「身(み)」
がはぐくまれるから
「田身(たみ・民)」
というようです。

イナムシ祓い

ホツマツタヱの
1アヤ(第1章)では

「イナムシ祓い」
の話しが語られます。

天照大神の時代に
和歌山のあたりで

蝗(いなご)が大発生して
ひとびとが苦しんでいる

という報告が
朝廷までとどいたようです。

しかし、天照大神は
行幸中で不在だったので

天照大神の后・
瀬織津姫(せおりつひめ)

天照大神の姉・
ワカヒメが駆けつけたようです。

ワカのまじない

ワカヒメは
蝗が蝕んでいる田の
東側に立つと

扇であおぎながら
歌を詠んだといいます。

すると、
稲を蝕んでいた
虫たちは払われるように
去ったといいます。


そこで、瀬織津姫は
30人の侍女とともに

360回くり返して
ワカヒメの歌を詠んだところ

蝗の大群は、いっせいに
西へ去っていったといいます。

曽我谷川

ホツマツタヱの裏読み

歌によって虫をはらう
という興味深いお話です。

歌のちからの素晴らしさや
ワカヒメの霊力のつよさを
称えているようにもみえます。

けれども、ホツマツタヱには
さまざまな暗号や裏読みが
編み込まれているといいます。


ヲシテ文字という、古代文字は
「音」をあらわす文字なので

同じ音は同じ意味をあらわす
同音同意(どうおんどうい)の
立場からひもといてゆけば
あらゆる解釈が可能です。

それは、
平安時代に詠まれた
和歌のかずかすも

表の意味だけでなく
裏の意味が込められていた


ことによく似ています。

五十音図

たとえば、古事記には
「青人草(あおひとくさ)」
という言葉があり

国民のことを
青々とのびる草として
あらわされていたといいます。

ですから、
田の青々とした稲は
土地と人・国と民を
あらわすのかもしれません。

また、
「稲」はひらがなで
「いね」ですから

5つの音という
「五音(いね)」
にも通じるといいます。

これは、日本語の
『あいうえお』という
「5母音」をあらわします。


ですから、稲田とは
五十音図をあらわしている
ともとれるそうです。

こうした、
言語というものは

国家や民族や文化の
根源ともいえるものです。

とくに、日本語は
世界でも非常にめずらしい
母音優勢の言語だといいます。

イナムシ

ホツマツタヱでは
「蝗(いなご)」ではなく

「ホヲムシ」
「イナムシ」

と記述されているようです。

「穂」を「蝕」むもの
「稲」を「蝕」むもの
ということでしょうか?

これも、
裏読みをするならば

「穂」というのは
「子」のことであり

「稲」というのは
「言語」のことであり

ムシが蝕んでいたものは
国や民や言語だったとなります。


つまり、イナムシとは
海外からの侵略者だった
というわけです。

和歌のはじまり

侵略をうける
和歌山に駆けつけた

瀬織津姫とワカヒメは
歌で撃退したといいます。

そこには、蝕まれた
五十音図をとり戻す
言語や文化をとり戻す
民の尊厳をとり戻すという

深い意味や意義があった
のかもしれません。

そして、美しい言語は
民族としての正当性や
国家としての正当性を

示すものだったのかもしれません。

この、
ワカヒメの歌によって
ひとびとは「湧き」あがり
稲田も「若」がえったことから

ワカヒメの素晴らしい歌
イナムシを祓った特殊な歌を

『ワカ』
というようになったようです。

これが、のちに
漢字をあてられて
『和歌』
となったようですね。

ワカのウタ

その歌というのが
こちらです。


たねはたね うむすきさかめ
まめすめらのそろはもはめそ
むしもみなしむ

ホツマツタヱ 1アヤ

かざひの文庫より出版されている
『はじめてのホツマツタヱ』では


今村聰夫(いまむらさとお)先生は
このように訳されていました。

「田や畑に生うる大麦・小麦・ささげ・大豆・小豆等の穀物や、
稲の穂も葉も食べ尽してしまってはいけない。
虫だってみんな同じものを食べている仲間ではないか。」

なんという素晴らしい歌でしょう。
とても心優しいお歌です。

ぼくもこの訳をもとにして
さらに裏読みしてみました。



大なるもの(統べるもの)[皇族]も
小なるもの(仕えるもの)[臣民]も

この国では、根源神・
国常立尊(くにとこたち)から
はじまるものであり

みなおなじ生命なのです。

神・臣・民は
ひとつなのですから

ちからを合わせれば、世を
蝕(ムシ)ばむ災禍はかならず
鎮(シム)められるでしょう。

人は神なり、神は人なり
ということでしょうか?

こうして、
活気づいた民と皇軍によって
侵略者(蝗)は追い返され

西へと、大陸へと、
去っていったようです。

亀岡盆地の水田と道路

蛭子神社

そんな、太古の物語へ
思いを馳せていると

こんな神社さんへ
行きあたりました。

蛭子神社のご由緒

蛭子(えびす)神社
だそうです。

兵庫の
西宮(にしのみや)神社より
勧請されたといいますから

蛭子(えびす)神こと
蛭子(ひるこ)神であり

ワカヒメさまの
諱(いみな・本名)である
ヒルコからきている神名ですね。

こうして、稲田のまん中に
ワカヒメ(ヒルコ)さまが
祀られていることにもまた

ホツマツタヱにのこる
因縁を感じてしまいます。

参照動画

亀岡めぐり4 へ つづく

 
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