検証ほつまつたゑ
ホツマツタヱ研究の専門同人誌・
『検証ほつまつたゑ よみがえる縄文叙事詩』の
第133号(令和6年6月号)に
掲載していただきました!
本当にいつも
ありがとうございます🥰
今回も
ホツマツタヱをもとにした
『小説』を投稿しています。
天照大神の父母である
イサナギ・イサナミ
を描く連載の第5回です。

今回から
タイトルに装飾がつきました😆
編集さんありがとうございます✨
↓前回まではこちらにまとめています。

(※当ブログでは掲載にあたり
やや改訂したものを投稿しています)
『おふかんつ実』 その5
《ホツマツタヱ異文小説》
キシヰ
橘は、紀州の国にまたたく間にひろがった。
紀州の行宮はふたつの川に挟まれた河岸にあり
東の方から流れくるものを紀伊川とよび
東南から流れくるものを貴志川とよんだが
どちらの川辺でも橘はよく育った。
南の山を越えた川辺にも橘を植えてみると
キヰ川やキシ川よりもよく繁った。
橘が土地にとてもよく「合って」いたので
そこを安諦川とよぶことにした。
イサナギの願いは
紀伊半島の荒れ山を拓いて
奥地に暮らすひとびとにまで
法を通すことにあった。
橘というのは法や教えの象徴であって
これを植え育てることは
その土地が天神のもとに治められたことを意味する。
先代のオモタル尊の行幸よって
紀伊半島は海辺や川辺の地であれば
法を通すことができている。
そのときに国守を定めてもいるのだが
深山に埋め尽くされた紀伊半島にあっては
奥地のひとびとにまで法が行き届いているとはいえない。
深山に暮らす人と
この国を結ぶための足掛かりとして
イサナギは紀州の宮をひらいた。
アラカネ
橘の繁る川辺を上ってゆけば
いくつもの村に行きあたった。
イサナギに仕える臣たちは
そうした村の長と話し合い
浮橋を渡してゆく。
話がまとまれば
道を通して交易をはじめる。
こうして村が豊かになれば
国守のもとに治められるようになる。
拓かれた村からは
おおくの報せがもたらされた。
ある村では、光る水が湧くというので訪ねてみれば
イサナギが求めていた水銀であった。
紀伊半島には、
たくさんの粗金(鉱石)が眠っていた。
銅や鉄のほかに
金や銀もわずかながらに採ることができた。
錫や鉛もよく採れた。
黒曜石こそないが
水銀の凝り固まった
丹玉をはじめ
水晶などの
おおくの玉も得ることもできた。
安諦川では
丹玉は砂となっていた。
これを水に混ぜれば
赤い色を発するという。
これを塗った木は朽ちることがないらしく
ひとびとは船底や架け橋に使っていた。
太陽が空に輝く前の
「明け」の色にも似ていることから
この色は「朱」といわれていた。
丹玉を砕いた砂は
紀伊半島の清砂という意味で
朱砂とよぶことにした。
朱砂が採れる川のふもとの地は
スサの郷とよんだ。
タカノ
貴志川を上っても安諦川を上っても
おなじ平野へとたどり着いた。
高山にある平野という意味で
高野とよぶことにした。
イサナギはここに
高野宮という行宮を築いた。
これはイサナギの本名である
「タカヒト」にも掛かっている。
ここにも橘を植えたところ
5月にはたくさんの花を咲かせた。
そこで高野は
花園の別名でもよばれるようになった。
橘のひろがりはそのまま
紀伊半島における紀州の国のひろがりを意味している。
ふもとの紀州宮から高野宮にかけては
白き花が咲き乱れ、橘の香に満たされていた。
この世のものとは思えないその美しさから
「常世の里」とも詠われるほどだった。
クロカネ
「橘ばかりこんなに植えたところで
鳥の餌にしかならないんじゃないかしら」
丹の勾玉を首からさげたワカヒルメは
高野を流れる小川のほとりを歩きながら
白くちらつく花をあわれむように眺めた。
「作物の種まき時を告げる花だといわれるそうだけど
ここには種を植えるための田畑がないんだもの」
そういうとワカヒルメは、
となりを歩く母イサナミに同意を求めるような目くばせをする。
イサナミは娘をそっとたしなめるようにこう返した。
「食べられないことはないのだけれど
あまり食べるものでもありませんからね。
橘を植えるというのは、
わたしたちの祖先にあたるハコクニ尊が
初代天神を祀るためにはじめたことなんですから」
「ええ、それはわかっています。
けれど民の嘆く声も聞こえてくるではないですか。
近ごろのお父さまときたら、粗金を集めるばかりです。
あれをいったい、どうするおつもりかしら?」
「お考えがあるのですよ」
「そのお考えを知りたいのです」
なげく娘に、イサナミは寄りそうように微笑むと
「真澄鏡をみたことはあるかしら?」
といった。
「鏡、ですか?」
「水鏡や黒曜石を磨いたものではありません。
鋳造りによって生まれた合金(青銅)の鏡です。
わたしはそれを原見山(富士山)ではじめて見ました」
「水銀とも違うものでしょうか」
「ええ。わたしはあれをみて、
新たな世がはじまることをありありと感じたのです」
澄んだ青空を、凪の水面のようにイサナミは見やった。
「これからは、粗金の世が来るというのですか?」
「天照大神や月読尊は
真澄鏡に集められた日の光や月の光から生まれたのです。
これからはあの子たちが、世を築いてゆくのですから」
けれどもワカヒルメは
納得がいかないようで眉根に皺を寄せてしまう。
「それでもわたしたちは、
粗金を食べることはできないのです。
山のひとびとは冬を越えるためにも
食べるものを備えなければなりません。
粗金ばかり掘っているわけにはいかないのです」
「紀州のひとびとを飢えさせることはしません。
粗金はかならず、明日の暮らしを支えるものになります」
「お父さまもお母さまも
どうしてそれを信じられるのかしら?
わたしにはとても……」
戸惑うワカヒルメの肩を
イサナミは優しく撫でた。
「原見山での禊のおわりに
わたしたちは輝く火の玉に出会いました。
遥か空の彼方から降りくる光の玉を
わたしは天御祖神の報せだと感じました」
「…………」
「火の玉は、燃え尽きたとばかり思っていました。
けれどイサナギはその後に原見山のふもとで
空から落ちてきた石のかけらを見つけたのです」
「……石の、かけら?」
「石は鉄でできていました。
ありふれた粗金ではあるけれど、
空から落ちてきた鉄は
土のなかから見つかる鉄となにかが違っていました」
「違うって、どんなふうに?」
「滝の水が寒さで凍ってしまったような
柔らかな形をしていたのです。
きっと赤く燃えていたときには
水銀のような姿をしていたのでしょう」
「それでそれで?」
「それを知るために
わたしたちは筑紫へゆき、
鋳造りに鉄をたくしたのです」
「青銅のように、鉄も溶かそうとしたのですか?
けれどそれは、できなかったはずです。
鉄は水銀にも溶けませんでした。
金や銀や銅などおおくの粗金は
水銀に溶かすことができましたが
鉄はまるで形を変えませんでした」
「けれど空から降ってきた鉄は
ふたたび赤く輝いて
その形を変えることができたのです」
ワカヒルメはすっかり驚いて
耳の端まで反り返した。
「鉄を、和したのですか!?」
「そこで今度は金練人に
その鉄で矛を造らせることにしました。
しかし矛とするには足りず
鉏(小刀)とするには余ってしまいました。
そこで矛よりも薄く、鉏よりも長い
片手で持つことのできる刃を作ることにしたのです」
「もしかしてそれは
お父さまが高野の行宮にお祀りしている
あの刃でしょうか」
「そうです。
イサナギはそれを『剣』と名づけました」
「ツルギ……なんだか怖ろしい響きがします」
「先代のオモタル尊は矛によって
世に綻ろぶ罪人を裁いてゆきました。
けれどもそれにより子種に恵まれなかったといいます。
そこでイサナギは『尽霊斬(剣)』によって
悪しき霊を断つことで
身に穢れがおよぶことのないようにしたのです」
「霊断ちの剣……」
「天より賜った鉄によって刃を造ったので
イサナギはそれを玉鋼とよびました。
そしてこの玉鋼を
地より掘りだした鉄から造り出せないものかと
考えるようになりました」
「そんなことが、できるのかしら」
「わたしにはわかりません。
ただイサナギは、
もっと良い炭を燃やして
もっと熱く焼きあげることができれば
地の鉄からも玉鋼を得られるはずだと考えたようです」
そのとき、谷を一陣の風が吹きぬけた。
橘の白き花もひらめいて、ワカヒルメは思わず目を細めた。
「そのようなお考えから、
粗金を求めていたのですか」
「食べるものが大切なことはわかります。
けれども田畑を拓くためにも
木を伐り、土を掘る器(道具)がいるのです。
いまは石や木を使っていますが
それらが鉄にとって代われば
暮らしは見違えるものとなるでしょう」
「わたしの考えが及んでいませんでした。
丹の玉によって和心をひろめるとおっしゃっていたので
教えのために粗金を掘っているのだとばかり……」
「田畑のことを忘れているわけではありません。
やるのであれば土地に合わせたものでなくてはならないのです」
「深山に覆われた紀州でも
なにかやり用があるのでしょうか?」
「さあ、見えてきました」
イサナミは答えを指すように
橘が続く道のさきを示した。
川のほとりを登ってくる一団がある。
揃いの白衣に腰巻きをほどこした男衆だ。
山道を上がってくると
みな口々に「えーなぎで」と唱えながら
ふたりの脇を抜けていった。
ワカヒルメが呆気にとられていると
男衆の後ろからすこし遅れて登ってくるものがあった。
イサナミはそのひとたちへ手をかざした。
「お久しぶりです、お元気でしたか?」
イサナミの声に気づくと
かれらも大きく手を振り返してから
足早に登ってきた。
「あぁイサコ姫さま!
あのときとまるで変わらないお姿です。
わしやちはすっかり年老いてしまいましたが
姫さまに合えると思うと足取りも軽くなりました」
目尻にしわを浮かばせて
ハヤタマノヲが笠をぬいだ。
コトサカノヲもそれにつづいて
深く頭をさげる。
「お久しゅうございます。
言挙(祝言)のさいに琴を奏でさせていただいたきり
沙汰もなく申し訳ありません」
「良いのです、よいのです。
こうしてまたお会いできたことがわたしの喜びです。
さあ、こちらが娘です」
「はじめまして。ワカヒルメと申します」
ワカヒルメが恭しく挨拶を交わした。
「これはこれは、申し遅れました。
わしはかつてハヤタマノヲとしてイサナギ尊に仕えていました。
ああ、若き日のイサコ姫ととてもよく似ております」
「わっちはコトサカノヲとして
6代オモタル尊より宮にお仕えしておりました。
7代イサナギ尊の浮橋を渡したのちは
細戈千足国の臣となっておりました。
今日よりは紀州国の臣として
ふたたび宮にお仕えいたします」
「あなたがたがいなければ
わたしは産まれていませんでした。
お逢いできて、とても嬉しいです」
「ああ、わしやちにはもったいないお言葉です」
ふたりは白髪の交じる頭を
また深々とさげた。
「細戈千足国より
火焚きの職人(工)を百人ほどよんで参りました。
みなそれぞれ炭焼きや山焼きに秀でたものたちです」
「山焼き?
キシヰの深山を焼いてしまうのですか?」
ワカヒルメが驚いていると
イサナミが臣たちの代わりに応えた。
「深山の木を焼いて、炭や畑とするのです」
「まあ、そんなことができるのですか?」
「そのための工人です」
「細戈千足国もまた
深き山々に覆われた地ですから
山焼きによって畑を得ておりました。
水を取り入れることが難しい高山でも
こうして粟や麦や豆を作るのです」
「あぁ。お父さまはそこまでお考えだったのですね」
ワカヒルメはいよいよ恥じ入ってしまう。
「ところで、あのひとの姿がまだ見えないようだけど?」
イナサミが訊くと、
コトサカノヲはにかりと歯を出して顔をゆるませた。
「ああ、あのかたは……賭けに負けましてな。
皆の荷を背負って、登ってきておるところです。
なに、すぐに追いつきますよ。
それ、いっている間に」
太い蔓で結われて山のようになった荷を
ひとりで背負いながら
男が川沿いの道を上ってきている。
おおきな荷を背負った男は
こちらに気づくとちょっと目を丸くして
それからゆっくりと笑みを浮かべた。
「よぉ、大山を背負うてきたわや」
カグツチの長は
大きな声をソサの深山に響かせた。
をのそのはやけてあ
わたのとりえありみつ
とりえねはそののも
えくさ
(つづく)
解説
ヲシテ文献の空白部分を
想像力によって補ってみようという小説企画です。
「異文」としているのは
あくまで可能性のひとつということです。
今回は、キシヰでの暮らしを描いてみました。
キシヰの行宮がどこなのかは諸説あるのですが
和歌山市周辺というのはおおよそ一致しているようです。
物語ではキシヰの行宮を、
紀伊川と貴志川が合流する地にある氣鎮神社と設定しています。
すぐ東には御殿山もあることから、氣鎮神社と読んでみました。
海南市には橘本神社があり、
橘を最初に植えた地という伝承があるといいます。
また蜜柑で知られる有田市には
有田川が流れていますが、こちらはかつて
安諦川とよばれていたそうです。
河口付近は須佐郷といわれ
式内社で名神大社の須佐神社が祀られています。
上流には
花園や押手という地名も残っています。
有田川と貴志川をさかのぼれば
弘法大師・空海が入定されている高野山があります。
ホツマツタヱでは「高野」といわれ
ハタレの動乱に関連する地として登場します。
物語では、もともとここには
イサナギ・イサナミの行宮が築かれていたのでは?
としてみました。
紀伊半島は水銀や辰砂をはじめ
金・銀・銅・鉄など鉱物資源が豊富な地でもあります。
イサナギ・イサナミはこれを求めて
紀伊山地へ入ってきたのかもしれません。
人類の鉄器文明は
隕鉄(鉄を含んだ隕石)からはじまったといわれます。
純鉄の溶解温度は約1,500度
砂鉄の溶解温度は約1,200度ですが
隕鉄はすでに溶解(精錬)されているので
800度ほどで鍛造できたそうです。
金・銀・銅の溶解温度は
どれも1,000度前後なのですが
青銅(銅と錫の合金)であれば
800度ほどで溶解するといいます。
木炭の燃焼温度はおよそ800度ですから
木炭の熱を使うことで青銅による鋳造と
隕鉄による鍛造ができたということになります。
とはいえ砂鉄や鉄鉱石を溶解(精錬)させるとなると
1,200度を越える必要がでてきます。
そうなれば、木炭だけではなく
「タタラ」や「登り窯」など
温度を上昇させる機構が必要となってくるようです。
ですから、イサナギは紀伊半島の地で
日本の製鉄の道を拓いたのかもしれません。
製鉄でいえば、
葦などイネ科の根につく褐鉄鋼(高師小僧)もあります。
こちらは800度ほどで鍛造できたようですが
質が良くないので剣にはならなかったようです。
ただ形成過程でまれに
石を取りこんで鈴状になることがあり
これがもしかすると
「鈴」の起源になったのかもしれません。
みなさまのご研究の一助になれば幸いです。
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