検証ほつまつたゑ
ホツマツタヱ研究の専門同人誌・
『検証ほつまつたゑ よみがえる縄文叙事詩』の
第130号(令和5年12月号)に
掲載していただきました!
本当にいつも
ありがとうございます🥰
今回も、
ホツマツタヱをもとにした
『小説』を投稿しています。
天照大神の父母である
イサナギ・イサナミ
を描く連載の第2回です。
↓第1回はこちらです。
どうぞよろしくお願いいたします。
(※当ブログでは掲載にあたり
やや改訂したものを投稿しています)
『おふかんつ実』 その2
《ホツマツタヱ異文小説》
雨
雨。日高見は雨がすくなく、長続きもしないといわれている。
けれどもこの雨は降りはじめてから、もう7日は経っていた。
雨は嫌いではないけれど
こうも続けば草木でも根腐れや病におそわれるように
なんだか湿っぽくなってしまう。
あと幾日も続けば、作物にも影響があらわれて
民の嘆きも聞こえてくるかもしれない。
そうやって物憂げに雲をにらんでいると
侍女が部屋に入ってきた。
「イサコ姫さま、あの――また、いらしたようですが」
『いらっしゃいました』と侍女が言いきらないのは
前にイサコが病と偽って追い返したことがあるからだ。
「そろそろ来るころかと思っていました。
ええ、もちろんお会いしましょう」
ちょうど長雨にも飽きていたところだ。
憂さ晴らしにはなるだろう。
そう思って腰をあげたものの
立ってみれば、やはりすこし面倒にもなって
『さて、きょうはどうやって追い返したものかな』
などと考えていた。
速玉男
ハヤタマノヲ[速玉男]が訪ねてくるようになってから
十年、いや十五年が経っただろうか。
かれらの仕事とは、
天神の玉文を地方政庁へと届けて中央政府と結ぶことである。
ただ、六代・天神のオモタル尊が嗣子もなく身罷ってからは
政のほうは父・豊受大神が日高見[東北地方]で担うようになった。
形ばかりの中央政府となったオキツボ[琵琶湖周辺]の宮には
次代の天神となるべく『タカヒト』を襲名したカミロギが坐している。
カミロギはタ尊の末裔であり
天神本家のト尊の血を継ぐわけではないのだけれど、
ト尊の養子にはいった家系であることから
ト尊の家督を継がせて、天神による統治を繋ごうとしたのだ。
しかし、
『天神に即位するためには男女一対の夫婦尊でなくはならない』
というのもまた天神の定めた教えだった。
幼き日に父がわたしとカミロギを会わせたのも
やがてくるオモタル尊の崩御を見越してわたしとカミロギを結び
七代・天神として即位させるためだった。
けれども、残念なことに
わたしはカミロギを愛することができなかった。
どうしても好きになることができなった。
とてもじゃないけれど、一緒にいることはできない。
それにあの日以来わたしは、父への愛想も尽きていた。
あれから父とは、ほとんど口もきいていない。
父への尊敬も、政への関心も、すべてを失くしていた。
それなのにオキツボ宮のタカヒト(カミロギ)は
いまでも月ごとに玉文を送ってくる。
断り続けていればやがて
だれか后を娶って国を継ぐだろうと思っていたのだが
政を担う豊受大神の存在が大きいためなのか
豊受大神の議事に従っているだけなのか
いまだに玉文は途切れることがなく
十五年にわたって、ハヤタマノヲが行き来していた。
事解男
広間にきてみれば
ハヤタマノヲのほかにもうひとり別の男が座っていた。
そちらは、ハヤタマノヲよりもはるかに年上にみえた。
「ヒタカミは雨が続いていますから
山越えの道ゆきもさぞ険しかったことでしょう」
「イサコ姫に会うためならば、雨だろうが雪だろうが
わしにとっては、そよ風のようなものです。
姫のほうこそ障りもないようで、なによりです」
いつもながらの朗らかな挨拶に、イサコもほっとする。
「そちらのかたは?」
呼ばれた男は、恭しく頭を下げたあとゆっくりと口をひらいた。
「コトサカノヲ[事解男]と申します。
本日はタカヒト殿下よりの賜りものをお持ちいたしました」
コトサカノヲというのは、天神の詔を伝える役まわりだ。
「詔」は、ハヤタマノヲが届ける「玉文」よりも重宝とされる。
ふたりはどちらも、天神本家に仕える臣であり
ト尊の血統を守護してきた一族でもあった。
「ようこそお越しくださいました。後ほど頂戴いたします。
まずは、玉文を頂くことにいたしましょう」
イサコが礼をおえると
ハヤタマノヲは櫛笥(玉手箱)をあけて
イサコにさし向けた。
五音七道
タカヒトは、天神を継ぐために誠意を尽くしている。
形ばかりの中央政府とはいえ
オキツボの宮ではト尊の祭祀や教えをただしく学び
本家に勝るとも劣らない法徳を敷いていた。
さらには、
豊受大神が伝えた『モトアケ(フトマニ図)』のもとに
地方の国守をまとめようとしている。
その試みのひとつが、玉文にも染められた「歌」である。
9音、10音、9音、3音のあわせて31音で詠われているが
これは九と十を結ぶ、「九十(事・言)」を結ぶに掛かっていて
民たちを高みへと導く思いのあらわれでもある。
さらに、くくりの3音を九十にあわせると
歌は「三九十(詔)」となり
天祖神の心端や言葉をあらわすこととなるだろう。
また、九十九(付く百)に三(身)をあわせれば百二となり
四代天神のモモヒナギ(ウビチニ)・モモヒナミ(スビチ)の
夫婦をあらわすことにもなる。
歌は「つまおもゐてゆつる」ではじまっているけれど
「つまおもゐ(伴思い)」を逆さに詠めば
「ゐもおまつ(妹を待つ)」となり
『后を待ち続けている』が掛けられているようだ。
これは、近ごろカナサキ臣が亀舟のうえで詠んだ
『回り歌』を受けてのことか。
最後の3音が「あうわ」でくくられているのは
「逢いたい」という思いに
モトアケの天祖神「アウワ」を詠み込んでいるらしい。
さまざまな思いを歌に掛けるタカヒトの姿からは
豊受大神がまとめたモトアケの48神より生じた
48音の音声によって
この国をひとつにしてゆくという祈りや誓いが透けてみえた。
しかし、とイサコは思う。
歌の抒情を思えば「アウワ」ではなく
「アワヤ」でくくるほうが良いのではないか?
天祖神へと導くことも大事だけれど
ひとびとが欲しているのは、荒れた地が整えられ
安らかに暮らすことができる世である。
玉文にはもうひとつ、別の歌も染められていた。
こちらは、5音と7音にわけて詠まれている。
あわせて12音となるのは
1年の月のめぐりに掛けているようだ。
そもそも31音というのは
1年365日を12月でわけたとき
31日が5月、30日が7月あらわれることに由来する。
カナサキ臣の『回り歌』も
5音と7音にわけて詠まれていたのは
臣が尊の三九十の歌を詠むわけにはいかないとして
月のめぐりにあわせたのだろう。
けれどもここに染められている歌は
31音に満たず途中で止まっているようだった。
「五音七道と申しておりました」
眉根をよせたイサコをみかねて、ハヤタマノヲが告げる。
「それは、ひとびとの稲を調え、嘗め事とする道ということでしょうか?」
「いやぁ。わしやちには、そこまでわかりません」
「そう、ですか……」
イサコはふたたび玉文に目をおとした。
そこにはこう染められていた。
アカハナマ イキヒニミウク
フヌムエケ ヘネメオコホノ
あわせて24音というのは
モトアケ48神のちょうど半分である。
おそらくこの歌は
母音と父音からなる48音を順にならべて
五音七道で詠みあげているのだ。
タカヒトはこの続きをわたしに詠ませることで
国を治める道をともに歩もうと誘っているのだろう。
残念だけれど、本当に申し訳のないことだけれど
それはできない。
とても心苦しいが、わたしにはできないのだ。
とはいえ――
とはいえ、この歌の美しさには、イサコもつい惹き込まれた。
音となったモトアケの神々は
まるではじめからこう並ぶことをわかっていたかのように
染められた布のうえで踊っている。
五色の神々は沸きたち
イサコをぐるぐると取り巻くと
豊かなほほ笑みをたたえて、その音を響ませていく。
「あぁ」
うっとりとした貌を浮かべて、イサコは立ち尽くした。
音が、続きの24音がイサコの喉元まで出かかった。
あぁ。いけない。
続きを詠んではいけない。
詠んでしまえば、わたしは
タカヒトのもとへ嫁がなければならなくなるだろう。
これはそうゆう歌なのだ。
イサコはぐっと声を呑み込んで
玉文を櫛笥に戻した。
ふたりに背を向けたのは
歓ぶべきか悲しむべきかわからずに歪んだ顔を
みられたくなかったからだ。
カダガキ
「では、つぎはこちらをお渡ししましょう」
コトサカノヲはそういうと、大きな包みを持ちだした。
なかには木でできた長い箱がはいっていた。
端のほうは角が出ていて
コトサカノヲはそこへ三本の結弦をかけてゆく。
「はて、これは何でしょう?」
落ち着きを取り戻したイサコが尋ねると
手を止めぬままコトサカノヲが応えた。
「『カダガキ』と申します。
タカヒト殿下は、垣の葛の葉を打つ糸薄をご覧になられて
こちらを考え出されたそうです」
弦を張りおえるとコトサカノヲは
撥(ばち)を手にして弦を打った。
たった一筋の弦から発せられたとは思えない音が
広間にどこまでも響いてゆく。
音は、弦からというよりも
木箱のなかから聞こえるようだった。
木箱のなかは空洞らしく
それによって音が大きく豊かになっているらしい。
「驚きました。これは音を鳴らすものですか」
「それだけではありません。
三筋の弦は、アウワの調べをあらわしております」
撥で3本の弦を打つと
それぞれの音がたがいに心地よく交じりあった。
「あぁ」
妙なる音に包まれて、イサコは胸が高まった。
「さらに、押手によって
それぞれ8音を奏でることができます」
コトサカノヲは弦を左手で押さえると
あわせて24の音を弾きわけてみせた。
「タカヒト殿下は、アからワに下ってくる24音と
ワからアへと上ってゆく24音をわけてお考えになりました。
48音を押手によって奏でることから、これも詔に通じるとして
琴(言)[楽器の総称]と名づけられたのです」
「なんという健やかな調べでしょう。
一筋の糸が、こんなにも多くの音色を打ち鳴らすだなんて」
「わっちはタカヒト殿下とともに
琴の音を撥で盛(咲)せることに技を尽くしてまいりました。
どうかひとつ、お聴きください」
コトサカノヲは押手をあてて、カダガキを打ち鳴らした。
琴の音が軽やかに弾けてゆく。
あぁ、これが音なのか。
コトサカノヲの音掻き[音楽]によって
イサコの心が体をはなれてゆく。
遠き世の、はるか彼方の、空の真ん中にいる神さまと
ひとつになるために浮きあがってゆく。
その衝動をもう、イサコは止めることができなかった。
イサコの喉の奥から、言葉が勝手にあふれてきた。
モトロソヨ ヲテレセヱツル
スユンチリ シヰタラサヤワ
あぁ、あぁ。
ついに言ってしまった。応えてしまった。
十五年にわたって、断り、退けてきたものが
琴の音によって結ばれてしまった――
イサコの目に、涙があふれてくる。
あぁ、あぁ。
でも、これは、しかたがない。
妙なる歌をまえに、妙なる琴の音をまえに
返し言をしないなんて、わたしにはできない。
それを愛する心派こそが、わたしであるのだから。
嗚咽をあげるイサコをまえに
コトサカノヲはカダガキ打ちをおえた。
「言挙[祝言]のさいは、かならずやわっちが奏でましょう」
コトサカノヲは深くふかく頭を下げた。
彼もわかっていたのだろう、このようにすれば
わたしは断ることができないことを。
「ええ、そのように願います」
悲しみに暮れたイサコは、広間を去ろうとする。
「お待ちください」
コトサカノヲが呼び止めた。
「まだ、なにかあるのですか?
琴はのちほどいただきますので、そちらに置いていってください!」
勢いあまって、吐き捨てるように返してしまう。
「詔を伝えねばなりません」
「わたしはお受けするといったのです。それでもまだ!」
「『浜の童を覚えているか?』」
「えっ?」
「『カグツチといったあの童は
いまでは若いながらも族の長となって
サホコの大山(カグヤマ)あたりを治めているらしい。
つい先日、宮津の行幸のときに、久しぶりに会ったのだ。
あのときの面影がまだ残っていたな。
もし、オキツボに来ることがあれば
また逢えるようにはからおう。
彼は、わたしとイサコ姫が出会った日をともにした、
仲人のようなものだからな』」
コトサカノヲの声には感じられなかった。
その声は、タカヒトの声に生き写しであった。
いや、けれどもいまは、それよりも
「あの子が、カグツチの長になって」
もう逢うこともないだろうと思っていたあの子。
けれども、忘れようと思えば思うほど
あの顔が、まぶたの裏に焼きついてしまい
夢にみるほど焦がれてしまったあの子。
そうしてなにもできぬままも
15年という歳月が経ってしまっていた。
「詔を、お伝えいたしました」
喉をおさえて、すこし苦しそうにしているコトサカノヲに
イサコは詰めよってこう応えた。
「謹んで、お受けいたします!」
とようけの ひめのいさこと
うきはしお はやたまのをが
わたしても とけぬおもむき
ときむすぶ ことさかのをぞ
(つづく)
解説
ヲシテ文献の空白部分を
想像力によって補ってみようという小説企画です。
「異文」としているのは
あくまで可能性のひとつということです。
前回は
イサナミの幼少期の話でしたが
今回は
成人してイサナミも淑女となっています。
けれども、幼少期のトラウマからか
十数年にわたって隠棲していたというところでしょうか。
コトサカノヲとハヤタマノヲは
古事記・日本書紀にもほとんど記述がなく
ホツマツタヱにおいても詳しくありません。
熊野神社系統の配祀神として祀られているのですが
彼らがいったいどんな神なのか
どんな経緯で熊野に祀られているのかは謎に包まれています。
そんなおふたりにも
何かしらの光を当てられたらと思いました。
みなさまのご研究の一助になれば幸いです。
巻末の告知
前回につづいて
NAVI彦のYouTube動画も
公式イチオシとして
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