検証ほつまつたゑ
ホツマツタヱ研究の専門同人誌・
『検証ほつまつたゑ よみがえる縄文叙事詩』の
第129号(令和5年10月号)に
掲載していただきました!
本当にいつも
ありがとうございます🥰
今回も、
ホツマツタヱをもとにした
『小説』を投稿しています。
天照大神の父母である
イサナギ・イサナミ
を描く連載の第1回です。
どうぞよろしくお願いいたします。
(※当ブログでは掲載にあたり
やや改訂したものを投稿しています)
『おふかんつ実』 その1
《ホツマツタヱ異文小説》
ミヤヅ
あぁ、眠い。つまらない。
父と連れだっての旅路にずうっと心躍っていたのだが
遠いミヤヅに来てみれば臣たちの守議に参加させられて
すっかり気が萎えていた。
眉根を寄せた顔がならぶ広間は
張りつめた空気に満ちていて
自分がここに座っているのはまるで
悪い夢でも見ているようだった。
「はやく浜にゆきたい」
となりに座るカンサヒ兄の裾をもって訴える。
最後の峠を越えるとき
海と海をへだてるように長くのびた
不思議な浜がみえた。
北の海は冬には荒れると聞いていたけれど
ここはとても穏やかにみえた。
「なあに、もうすぐさ」
兄からはやや疲れた声が返ってくる。
妹のすさんだ気持ちを
すこしでも和ませようとする兄の思いやりは感じるものの
だからといって堪えられるものでもない。
「みなは丸屋[厠]にも行かないのか?」
楽しいひと時は
あっという間に過ぎてしまうのに
どうして嫌なひと時は
果てしなく長く感じてしまうのだろう。
どうして大人たちは難しい顔をして
ずっと座っていられるのだろう。
まったくわからない。
「あれはミムスビの娘か?」
守議の中心にいた六代・アマカミが口をひらいた。
幼い娘の声は広間にいた臣たちにも届いていた。
「はい。娘のイサコと申します」
父の声が
凪の海をわたる潮風のように響む。
こうした父の声はイサコも嫌いではない。
「十にも満たない娘子が、なぜここにいる?」
「幼きうちから、国の政を学ばせようと思いまして」
「わははっ! とぼけておって」
六代・アマカミこと
オモタル尊は野太く笑った。
「ミムスビのことだ。なにか考えがあるのだろう。
まあいい、娘!」
オモタルは大股に広間を抜けると
イサコの前にどかりと座る。
これには、
イサコの眠気もすっかり覚めた。
「ヒタカミからの旅路、さぞ疲れただろう。
わしやちの曇り顔など見たところで、気が晴れるわけもあるまい。
ましてや、政など楽しくないと骨に沁みるばかりか。
わしとて同じだ、埒のあかないことごとに滅入るばかり――
だがいま、姫の明るい声に、わしやちも救われた。
ここはひとつ、
イサコ姫にも礼を申しあげねばならぬ」
頭をさげる仕草も大仰で
イサコはつられて笑ってしまう。
すると、オモタルもにこ笑みて
「娘子が、笑みす顔でいられる国を作るのが、
わしやちの願いだ」
とつづけた。
「大きな声だ、すごくいい」
イサコは、素直にそう思った。
守議のあいだにも聞いてはいたが
目の前で聞くとさっきとは別のものに聞こえた。
「わしはミムスビのような議事は向いておらん。
だが、声だけでも大きく発しておれば、おのずとひとはついてくる。
いや、わしに言わせればミムスビは
策には長けているが心のほうはいまひとつだな。
もうすこし
しなやかになるべきというか、なんというか」
そういいながら途中から
イサコに耳打ちをするような仕草をしていた。
けれども、声は大きいので
父にも広間の臣たちにも聞かれてしまっている。
イサコはそれがおかしくて、また笑ってしまう。
そんなイサコに満足したのか、オモタルは
「さて、この麗しき娘を
ミムスビの議事より救いだして
ミヤヅの浜を見せてやるものはいないか?」
と臣たちに問うと
ひとりが恭しく立ちあがった。
「それならば、わたしの子に案内させましょう」
「おお。根の国守の子ならば申し分ない」
するともうひとり
年若い臣が立ちあがる。
「根の国守・アワナギの子のカミロギと申します。
イサコ姫、わたしがお連れしましょう」
色が白く、体つきも細いこの男の声は
どこか父にも似ていた。
けれども、
こちらはなぜか耳の奥がざわついて
あまり好きになれなかった。
カミロギ
海と海をへだてるように見えた細長い浜は
ふだんは海に沈んでいるらしい。
年のうちでも大きく潮の引いた数日だけ
海面に姿をあらわすという。
ところが、
この浜も年ごとに大きくなっているそうだ。
やがては向こう岸とこちらをつなぐ橋となって
浮き上がってくるらしい。
「ミヤツもキタツ[敦賀]も
さらにおおきなワカサという江の一部なのです。
わたしたち根の国守はキタツに暮らしていて
シラヤマからサホコ・チタル国までを治めています」
などというようなことを
カミロギはさきほどから熱く語っている。
だが、聞けば聞くほどにつまらなくて
イサコは生返事であった。
「ふうん」
「六代・アマカミはいま、
チタル国よりさらに西を治めようとミヤヅに留まっています。
これがなかなか、うまく進まないようです」
「へえ」
「くわえて、いまは地球が冷えてきていまして
海は引き、食べるものも減ってしまい、
ひとびとは明日の暮らしにも怯えるようになりました」
「ううん」
「そうなると、ひとびとは
食べ物や暮らす土地をもとめて争いをはじめます。
法を守っていては生きていくことができないので
法に背いてしまうのです。
守議ではいま、
そうしたものたちをどう扱うべきか話しています」
「ねえ」
「六代・アマカミは、ひとびとの暮らしを守るためには
法に背くものは斬るほかないとお考えのようです。
ですが、おなじ民を手にかけることに
迷いもあるという臣たちの悩みもわかります」
「ねえねえ」
「また、これはいま、
もっともみなが恐れていることなのですが――」
「ねえってば!」
矢継ぎ早にまくしたてるカミロギを、
ようやくさえぎってイサコは怒りのままに叩きつける。
「うるさい! うるさい! うるさい! うるさい!」
守議を脱けだして
美しいミヤヅの浜でやっと遊べると思っていたのに
耳障りな声にながながと追い回されて
悪夢のつづきを見ているようだった。
けれども、カミロギは
「わたし何か、気に障ることをしましたかね?」
と呆気にとられるばかりで、なにもわかっちゃいない。
「もういい、ひとりにして!」
イサコが浜をひとりで歩いてゆくと
カミロギはそそくさと後ろから着いてきた。
「困ります!」
「困ってるのは、わたしのほう!」
「いえ、わたしも困るのです!」
「知らないよ、そんなこと」
イサコは走りだした。
するとカミロギも、浜を走って追いかけてくる。
「ついてこないで!」
「困るんです! あなたと仲良くしなくては」
「わたしはあなたなんかどうでもいい」
「いいえ、困ります!」
「勝手に困ってて!」
「だって、わたしはあなたと、夫婦になるんですから!」
「はあ!? やだ、何いってるの、こわい!」
「本当なんです! いまその話を――」
と言いかけたところでカミロギは足をとめて
浜にへたり込んでしまった。
しめた、とイサコは逃げ切ろうとするも
肩で息をしたまま動けずにいるカミロギが
すこし心配にもなった。
十分に距離をとってから、声を張って話しかける。
「もしかして、身体が弱い?」
「・・・・・・」
「聞こえない! もっと大きな声で!」
「あまり……丈夫では……ない!」
カミロギの渾身の声が伝わってきた。
もう追いかけてきそうにもないので
仕方なくイサコのほうから、おそるおそる近づいてゆく。
「苦しい? だれか呼ぶ?」
「話を……聞いてくれたら、それでいい……」
こうなると、カミロギがすこし可哀想にもみえてきて
イサコのほうから問いかけてしまう。
「夫婦になるってどういうこと?」
「六代・アマカミには、子ができないのです」
「それは知ってる」
父から幾度も聞かされている話だ。
国を継いできたのはト尊の子孫だったが、
いまその血が途絶えようとしている。
それが、この国の在り方を根幹から揺るがし
国を乱しているのだと。
「それがどうして、わたしに関係あるの?」
「血は途絶えても、誰かが世を継がなければなりません。
わたしは、イサコ姫とおなじく、血筋としてはタ尊の末裔ですが
わたしの祖父は、四代・アマカミの養子となっています。
ですから、立場としてはト尊を継いでいるともいえるのです。
そこでわたしと、
ト尊のつぎに政に通じているタ尊の末裔である
イサコ姫とを結んで、
キミ[夫婦尊]にしようというのです」
カミロギは息を切らしながらも、淡々と話した。
イサコ姫
「待ってまって、じゃあ父はわたしに
あなたと一緒にアマカミの七代目を継げといってるの?」
「はい、その通りです」
「待ってまって、待ってまって――」
頭のなかで、さまざまな思いがぐるぐると廻ってゆく。
「じゃあ父が
わたしをミヤヅまで連れてきたのも
あなたに会わせるため?」
「わたしの父とも示し合わせていました」
「あなたも、それでいいの?」
「はい、よろこんで!」
屈託ないカミロギに、
イサコはますます追いつめられる。
「じゃあ父が、ここのところわたしに優しかったのも、そのせい?」
父・タマキネは厳しい人だった。
タ尊の本家として五代・タカミムスビに就き
ヒタカミ国[東北]をあずかりながら
サカキ[暦]の管理や国の政までも治めてきた。
けれども、国のため民のためと尽くすばかりに
イサコは父からあまり愛情を感じることがなかった。
触れ合う時間があまりにすくなかった。
それが、なぜかここのところ
父がやたらに言葉をかけてくるようになった。
何かあるだろうとは思っていたが、
それでも父と言葉を交わせるのが嬉しかった。
「……はぁ……はぁ……はぁ」
でも、やっぱりそれは、
タカミムスビとしての政でしかなかったのだ。
わたしは国のため、ひとびとを苦しみから救うため
政の一部として扱われているに過ぎなかったらしい。
そう思えば思うほど、イサコは胸が苦しくなった。
「……はぁ……はぁ……はぁ」
うまく呼吸ができない。
気が高ぶってしまい、息を吸うことしかできなくなっていた。
「……はぁ……はぁ……はぁ」
「どうしました? イサコ姫?」
苦しみもがくイサコに驚いて、
カミロギも足を引きながらよろよろと近づいてゆく。
イサコはめまいがして、砂浜に尻をついた。
そのまま、どさり、と頭が砂に埋もれる。
「イサコ姫!」
カミロギの皮膚の薄い顔が、すらりと通った鼻立ちが、
眼前にちらついている。
だがもう、何もかもが、どうでもよくなってきた。
すっかり疲れてしまった。すべてに目をつむってしまいたい。
あぁ、どうしてこんなとろこに来てしまったんだろう。
そうして遠のいていく意識のなかに
軽い足音がひとつ、近づいてくるのが聞こえた。
『こりゃあ、母とおなじだ』
ちいさな男の子の声だった。
『これを口にあてて、ゆっくり息をして』
イサコの口に、動物の皮でできた袋のようなものを押し当てる。
はじめはすごく苦しかったけれど
しばらくそのままにしていると気も鎮まってきたのか
胸の苦しさもとれていった。
「ふぅ……ふぅ……ちょっと、楽になった……」
「あぁ、よかった!」
カミロギも安堵の息をもらす。
「母もよく、こうなるんだ」
ちかくの村の子だろうか、
太布に見たことのない帯を締めた子である。
背もひくく、自分よりも幼くみえる。
「そんなときはね、いちばん高い山の話をするんだ」
「それはカグヤマ[富士山]でしょ?」
思わずイサコもこたえてしまう。
「かもしれない。
でもそれは、この国の話で
海の向こうには、それより高い山もある」
「そうなの!?」
「それにみんな、
住んでるちかくの山にも『カグヤマ』ってつけるから
そこらじゅう『カグヤマ』だらけだ。
だから、
なにが正しいとか決まったこともないんだから
あんまり気にするなって話――
そら、ずいぶん治まったみたい」
「あ、うん、そうみたい」
さっきまで苦しんでいたのが、嘘みたいに晴れていた。
けれど、いまはもう、そんなことはどうでもよくて
ただ、この子のことが気になっていた。
わたしよりもずっと幼いはずなのに
わたしよりもずっとしっかりしているこの子。
「ねえ、それはなに?」
男の子の帯には、
木の棒と、玉のようなものが
紐でくくりつけられていた。
「玉貫。
玉に穴があいてて、投げた玉に貫の木を通すんだ。
剣玉ともいうね」
「やってみせて!」
「よしきた」
男の子は丸い木の玉をひょいと投げると、
穴を目がけて、宙でカチャリと貫を通した。
「うまい、うまい」
カミロギもすっかり気を許して、
イサコと一緒に手を叩いて喜んでいる。
「ねえ、わたしにもやらせて!」
「いいよ」
イサコも玉を投げて、貫を通そうとする。
けれど、難しいものでなかなか穴に入ってくれない。
玉を弾いてしまっても、
紐がついているので玉をなくすことはない。
イサコはすっかり夢中になって、
かちゃかちゃと何度も遊んでしまった。
「ねえ、あなた。名は何ていうの?」
遊びながら、ふと、イサコはこう訊いた。
すると、男の子は恥ずかしそうに
「名はないんだ。
サホコにあるカグヤマ[大山]の船乗りだから
わしやちはみんな『カグツチ』っていわれてる」
と頭を掻きながらこたえた。
(つづく)
解説
ヲシテ文献の空白部分を
想像力によって補ってみようという小説企画です。
「異文」としているのは
あくまで可能性のひとつ、ということです。
今回からは連載です。
イサコこと天照大神の母・イサナミと
カミロギこと天照大神の父・イサナギの
出会いから別れまでを追ってゆきます。
お二人のあいだにはいったいどんな思いが交錯していたのか、
黄泉平坂でのコトタチとはいったいなんだったのかに迫ってゆきます。
今回のシーンはすべて創作です。
ホツマツタヱの原文はありません。
イサナギ・イサナミが世を継ぐにあたって
豊受大神による根回しが行われていたのでは?
という思いから描いてみました。
みなさまのご研究の一助になれば幸いです。
巻末の告知
前回につづいて
NAVI彦のYouTube動画も
公式イチオシとして
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