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検証誌128号 なこその境

検証ほつまつたゑ128号表紙検証ほつまつたゑ

検証ほつまつたゑ

ホツマツタヱ研究の専門同人誌・
『検証ほつまつたゑ よみがえる縄文叙事詩』

第128号(令和5年8月号)に
掲載していただきました!

本当にいつも
ありがとうございます🥰

今回は、
126号に投稿した
「つぐむの宿」とおなじく

ホツマツタヱをもとにした
『小説』を投稿しました。

若き日の
アマノコヤネ(天児屋根命)こと
カスガマロ

伯父にあたる
カトリ守(香取神宮)
フツヌシ(経津主神)

出会いのシーンとなっています。

検証ほつまつたゑ128号「なこその境」

(※当ブログでは掲載にあたり
やや改訂したものを投稿しています)

『なこその境(さか)』

《ホツマツタヱ 異文小説》

御饗

カトリの宮での御饗みあえが忘れられないまま
数日が経っていた。

伯父・カトリかみは不在だったものの
手厚く迎えるようにと宮仕えのものにはねんごろに言い含めていたらしい。

勅使さをしかではなく、大神を迎えるような華やかな装いや食事のかずかずに
カスガマロも面食らった。

伯父のひととなりを尋ねると
母はいつも「わたしとよく似ているの」といっていた。

「ハタレの動乱を鎮めた武士もののふが、そんなに優しい顔をしているのですか」
と返しても母は「会えばわかる」としか教えてくれない。

たしかに、気が回りすぎてこちらの2手3手先を読むようなもてなし・・・・
母を思わせるものがあった。

ヒタカミ国[東北]とホツマ国[関東]の境にさしかかるころ
峠の坂の上に待ち構えてこちらに手を振るものがあるというので
カスガマロも手車のうちから覗きみた。

身なりは臣の正装であるが、供のものは連れておらず
老齢に見合わない大声を張りあげている男がいる。

まさかと思い、手車を降りて坂を駆けあがってみれば
その顔は母と瓜二つであった。

勅使殿をしかどをお迎えするのに気がはやってしまい、ひとりで国のはずれまで来てしまいました。
どうか無礼をお許しください」

勅使を敬う作法もまた堂に入っている。

「カトリ守こと、フツヌシさまとお見受けします。
どうぞわたしのことは『ワカヒコ』と斎名いみなでお呼びください、伯父上」

カスガマロが手を差しだすと、フツヌシもおおいに顔を緩ませた。

「わが宮からの、伝令使きぎすによって間もなく着くころだと思っていた。
百枝という歳月を経て、ようやく甥と会うことができた。
わしには子がなきゆえ、まるでわが子に逢ったように嬉しい」

交わす手にも、思わず力がはいる。
と、フツヌシにもカスガマロの息切れが聞こえた。

「なにも駆けてくることはなかったのだ」
「お逢いできたことが嬉しく、つい駆けてしまいました。
宮に籠りがちなもので、身体が鈍っているようです」

すると、フツヌシは得たりとばかりに

「では、喉が渇いただろう。清酒ささけを用意してある。
ここには、一杯やるのに良き浜があるのだ」

というと、馬にくくってある酒甕をさした。

甕山

供のものは苫屋とまやにとどめおき、カスガマロは伯父に連れられて
入江が一望できるいわおの上までやってきた。

「カトリ宮への行き来では、たびたびここで休んでゆく。
前に酒甕を割ってからは、この巌を甕山かめやまと呼んでいる。
どうだ、亀の頭のように巌が浜に突き出しているだろう」

伯父にいわれるまま眺めてみれば、浜には豊かな川がそそぎ
潮と水とが混じる江は、おおくの生き物の住処となっているようだった。
小さいながらも活気のある漁村では、魚や貝や海松布みるめが干してある。

「美しい浜ですね」

 カスガマロは素直にそう思った。

「この浜からは、ヒタカミ国もホツマ国もイセ国も見ることはできない。
だから、息抜きに良いのだ」

フツヌシは大きな声で笑うと
懐から貝殻をふたつ取り出して、ひとつをカスガマロに渡した。

「浜で採れたはまぐりだ。これを盃にして、お前と汲み交わしたかった」

というと、酒甕を傾けてカスガマロの貝殻を酒で満たし
「ささ、ささ」と勧める。

ひと息に呑みくだすと、カスガマロもまた酒甕を傾けて伯父の盃を満たし
「ささ」と返した。

フツヌシはおおいに喜び、
目じりになんたを浮かべながらこれを呑み干した。

「母がよくいっておりました。
伯父上とは顔が似ているので、会えばすぐにわかると」

おととは双子だからな。わしがさきに出たから兄となっているが
ともすればどちらが上だか下だかわからん。
ほれ、老いてはいるが、女のような顔立ちのおかげで若くみられる」

フツヌシは酒を持たない左手で顔の皺をのばした。

[陽]あり、みつ[陰]ありというように、
女男めをのめぐりが通っていれば、若くいられるものです」

カスガマロの何気ない言葉にも、
フツヌシはいたく心を動かされたようで、目を丸くしていた。

「大神のつぎに、妹背の道に通じるというのは本当だな。
ぜひ、若君にもその話を聞かせてほしい」

「いいえ、わたしは勅使として詔を伝えるばかりで
教えを説くなどは、出過ぎた真似でございます」

「そんなことはない。
大神のもとで学んだ教えを弘めることもまた、臣の務めだろう。
ましてや、勅使とは大神に代わるものとして、大神に認められたということだ。
だからこそ、このかたまを、ワカヒコ、お前に託したのだろう?」

ごくり、とカスガマロはつはを呑んだ。

かたわらの松の陰に据えられている筐には、
大神から若君へと譲られる三種みくさの宝物が納められている。

これは、大神の教えの象徴であるばかりでなく
原初神からつづく皇統を示すものでもあり
大神から若君へ、正式に権政が譲られることを意味していた。

「これで、若君やヒタカミ国は、さらに栄えることとなる。
そしてこの役目を果たすことで、ワカヒコ、カスガマロ、お前の名も世に広まってゆくだろう」

甥の出世を噛みしめながら盃をあけるフツヌシ。
けれど、カスガマロのほうは浮かない面持ちであった。

「わたしは……」

カスガマロは言葉を詰まらせた。
それは、勅使となるにあたって、たびたび考えあぐねていたことでもあった。

「……器物主つはものぬしの家に生まれればこそ、避けられない道です」

器物主

祭祀のための神器を造りだす者の長、それが器物主つはものぬしである。

古の祭祀まつりでは、磐や樹や瀧など自然物を中心に添えていたが
やがてひとびとが殖え、山から原へと村が降りてくると
ひとびとは祭祀を行う自然物の形代かたしろとして祭器うつわを求めた。

なかでも、大神とともに祭祀を担い
形代を産みだすものは器物主といわれていた。

「三種の宝物というのも、器に他なりません。
そしていまは、わたしみずからが大神の器となって、若君のもとへ参じているのです。

さきのハタレの動乱では、
大神は形代の人形である『天児あまがつ』をもちいて討ち勝ったといいますが
いまはわたしが大神の人形、天児なのです。

伯父上はわたしの名が世に残ると仰ってくださいましたが
わたしの名とは『天児』が良いところでしょう」

カスガマロとて、名を恥じているわけではない。
ただ、大神の写し、教えの複製でしかない自分の姿が残ることに
すこしばかりの抵抗があったのだった。

「聞いたことがある。たしか、ワカヒコの身丈は」

「大神と同じく、十二です。
姿形など見た目だけでなく、いみなまで近いのです」

「そうであったか。先の戦乱ではわたしも
御祖父・ツハモノヌシと、わが友・タケミカツチとともに
大神より賜った『タマカヱシ』の法を修めた。

しかし、大神はついぞ御簾の奥からあらわれず
その姿を見ることはできなかった。

してみれば、わしは
甥を通して大神を見るということか」

「伯父上にまでそのように言われると、
いよいよわたしも立つ瀬がなくなります」

するとまた、フツヌシは朗らかに笑い

「いや、よいのだ、よいのだ。
言っただろう、ここはヒタカミ国からもイセ国からも見えぬ浜だ。
わだかまりがあるのなら、ここで吐きだして行かれるといい」

「まだまだ、わたしも心根の弱きところがあるのです」

気を落とすカスガマロの盃に、フツヌシは甕を傾けた。

「それならひとつ、わしからも話してみよう」

というとフツヌシは、浜を背にして差し向かう。

タケミカツチ

「伯父上に、迷いなどありはしないでしょう?」

「曇りなきものなどおらぬ。
たしかに、先の戦乱では、わしも存分に腕をふるった。
そして、ハタレの御霊みたまを『タマカヱシ』によって天へ還した。

だが、ハタレにも信念がなかったかといえば……そうではない。
かれらとて人にかわりはない。
けれども、戦わねば民が苦しむこととなる。

戦のあいだは迷うこともなかったが、
戦が終わるとわしは、すっかり国に引きこんでしまった。
お前に逢うこともできないほどにな」

「伯父上はホツマ国の平定に尽力されたと聞いています」

「くわえて、7枝前のカシマダチ[国譲り]では
わしをふたたび前線に追いやる流れがあった。
代殿かふのとの[高木神]の目はごまかせなかったらしい」

「それでも、伯父上は出雲へ向かわれました!」

「わが友タケミカツチが、庇ってくれたのだ。
あれが大将を引き受けてくれたおかげで、わしもまだ頑張ることができた。
とはいえ、カシマダチはそもそも、やる必要があったのかどうか、わしにはわからん」

「高天原[中央朝廷]でも、意見が分かれていたと聞いています」

「それでも押し切ったのは、若君ではなく、代殿だ。
そこになんの疑いもなかったかといえば、嘘になる。

いや、しかしこれも、もはや済んでしまったことだ。
いまやツカル[津軽]を治めるカルきみとなったオホナムチの存在は
ヒタカミ国においても重要なもので
外海への守りにおいてカル公以上の適任が見つからない。
そうした意味では、代殿にも理はあったといえる。

それに、カシマタチ[国譲り]を遂げたことで、
わが友・タケミカツチはカシマ守となることができた。

ホツマ国[関東]からヒタチ国[常陸]をわけて
宮も国も得ることができたのだ」

タケミカツチの話になると、フツヌシもどこか機嫌が良くなるので
カスガマロもつい興味をそそられる。

「祖父からもカシマ守のことは、うかがっています」

「あれは実に、気持ちの良い男だ」

「そういえば、ひとつわからないことがありまして」

「なんだ、勅使殿もにもわからないことがあるのか?」

友について語ることは、フツヌシの口を軽くするようである。
それはどうやら、酒のせいばかりではない。

「なぜ『タケミカツチ』と称えられたのでしょう?」

「ははははは!」

フツヌシはまた声をあげて笑った。
浜の民にも聞こえんばかりの大音声である。

「誰に聞いても、雷をひしぐとしか教えてくれないのです」

「そうか、そうか。
あれが若いころ、地図くにゑを作ったことは知っているな?」

「はい」

「あれは、父をミカサヒコといい
馬とかさねて人馬一体となる馬術の名手であった。
馬術の教師でもあるから『ヲバシリ』とも称えられている」

「ここへ来る途中、ヲバシリの坂を越えて参りました。
わたしもまた、教え子のひとりです」

「父譲りの乗馬術で、土地をめぐり地図を描いたのはよいが……
ほれ、あいつは身丈が十六尺もあるだろう?」

「ええ。そう聞いております」

「だから、あれにはよく、雷が落ちるのだ」

「なんと!?」

「しかし、何度雷に打たれても、あれは平気で蘇ってくる。
そこで、御祖神と同じように雷神・ウツロヰを手なづけたと称えられ
『タケミカツチ』となったのだ」

「いやはや、そんなことが……」

「じつに痛快な男だ。
ところで、あれも宮を持ったことで娘をもうけた」

「それはまた、初耳です!」

「だが、子孫にも家督にも興味がなくてな。
娘もひとりだから名も付けずに『ヒメ』とだけ呼んでいる」

「名を付けない? そんなことが許されるんですか?」

「あれは万人に尽くすだけの性格だから、深くは考えていないな。
おそらく、子をもうけることは、もうないだろう。
そこでだ、ワカヒコ。あれの娘をもらう気はないか?」

「――!? げほっ、げほっ」

酒が喉にはいって、カスガマロは思わずむせてしまった。

「ちょっ、お、お待ちください……」

「あれの娘は、あれに似なかったから、美しいぞ」

カスガマロはすっかりうろたえてしまったが
フツヌシはますます気を良くしている。

勿来

「わ、わたしにはまだ、はやい話です」

「ワカヒコよ。お前はこの浜を見てなんといった?」

「はい? ……ええ、美しい浜だと」

話の意図がつかめずに、カスガマロはただ
伯父の言葉のままに応えてしまう。

「この浜の名は、何というと思う?」

「はて、なんというのでしょう?」

「名こそ無い浜だ。
ただ国の境にあるだけの、名も必要とされない浜だ」

「名こそ無い浜……」

「けれどどうだ、美しいだろう。
この浜は、名などなくても美しいのだ。
わしもついぞ、こうありたいと思う」

フツヌシはカスガマロに背をむけ、浜を眺めていた。

この老翁は、おそらくいつもこうして、ここでひとり酒甕をあおっては
みずからが理想とする国の在り方に思いを馳せているのかもしれない。

カスガマロは、しばし言葉を選んでから、やがてゆっくりと口を開いた。

「『な来そ(来てはいけない)』とは、わたしにも縁のある言葉です。
わが祖父・ツハモノヌシは、岩室いわむろより出てきた大神にむかって
『な帰りましそ(帰ってはいけない)』といったそうです。

その子孫であるわたしは、
若君へと向かういわおの上でいま、『な来そ』に出会いました。

『行き来の道』『ココストの道』を司るわたしにとって
なんという巡りあわせでしょうか」

国境を越えてヒタカミ国に入ってしまえば
勅使として、大神に代わる臣として
あらがいようのない時代の荒波に呑まれてゆくことになるだろう。

その覚悟が、踏ん切りが、カスガマロにはまだついていなかった。

けれどもいま、「なこそ」という言葉を前にして
カスガマロは心が洗われたような気分であった。

使命や家柄にとらわれていた時分はきっと、「なこそ」と聞いても
『な来そ(来てはいけない)』という足枷としかとらえられなかっただろう。

けれども、伯父の助言によってそれは
『名こそ』という美しき称え名となった。

家督による「行き来の道」はここで完成されてしまい
新たに「いまだ名もない」わたしの道がはじまった。
そんな気がしたのである。

「イセ国[伊勢]には、『貝合わせ』という遊びがあります。
蛤の貝殻は左右の形や大きさがぴたりと同じですから
2枚の殻を天地陰陽にみたてて
いくつもの貝殻のなかから、元の貝を見つけていくという遊びです」

「ほう、それはいい。ぜひホツマ国にもひろめたい」

「伯父上がわたしにわけてくださった盃もまた、
蛤ですからピタリと合います。

そして、わたしの母と伯父上、わたしと大神もまた、
貝殻のようにピタリと合うことでしょう。

それがかさねるようであるのなら『ミカ・・サ』の名を継ぐ
カシマ守[鹿島神]の『タケミカ・・ツチ』さまともいずれ
血縁となる日が来るやもしれません。

ああ、どうか、この素晴らしい出会いの記念として
この地を『ナコソ[勿来]』と称えさせてください」

そういうと、カスガマロは次のように歌うのだった。

 なこそしる フつのみたまの
 ささむかひ かゐのはまくり
 アふみをち をゐのみるめも
 としなみの なこそしるべゆ
 ちなみあふはま

解説

ヲシテ文献の空白部分を
想像力によって補ってみようという
小説企画の第二弾です。

「異文」としているのは
あくまで可能性のひとつということです。

今回は、

春日(かすが)大社の祭神・
アマノコヤネ(天児屋根命)
がまだ若く、幼名のままに
カスガマロと呼ばれていた時代に

香取(かとり)神宮の祭神・
フツヌシ(経津主神)
と出会ったとされる

ナコソの浜
に焦点を当ててみました。

アマノコヤネ(カスガマロ)がいよいよ
政界に姿を表わす初登場の一幕です。

幼き「マロ」だったアマノコヤネが
天照大神と肩をならべるほどの
大臣へ成長してゆく
ための
重要な「境(さかい)」となったのが
「ナコソ」なのかもしれません。

みなさまのご研究の一助となれば幸いです。

(おわり)

巻末の告知

前回につづいて
NAVI彦のYouTube動画

公式イチオシとして
ご紹介いただいています✨

検証ほつまつたゑ128号巻末頁

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