オンライン講座
ホツマツタヱの
オンライン講座をはじめています。
遠方にお住いのかたでも
じっくりと楽しく学べる時間を
作ってゆけたらと思っております。

講座が2時間
質疑応答が1時間
という流れです。
ワカヒメと1アヤ
第5回は
『ワカヒメと1アヤ』
について解説しました。

ホツマツタヱには
和歌の始祖とされている
ワカヒメ
という女神が登場します。
古事記・日本書紀においては
ヒルコ(蛭子神)
というかたにあたります。

記紀では、身体が弱くて
産まれてすぐになくなった
とされているのですが
ホツマツタヱでは
生き伸びてたくさんの
功績を残されています。
最初の1時間はそんな
ワカヒメの一生について
まとめてゆきました。
ワカヒメとは
ワカヒメとは
天照大神の姉にあたり
イサナギとイサナミの第1子・
長女として生まれました。

斎名(いみな)[本名]を
ヒルコといいます。
太陽の日や、昼の霊気を
存分に浴びた子という意味ですから
夏至生まれなのかもしれません。
3歳になると
親の厄年にあたるということで
親の厄が子に降りないよう一度
「捨てられる」ことになりました。
そこで
イワクス船に乗せて流されます。
もちろんこれは
儀礼的なものであって
朝廷の大臣であった
カナサキ(住吉大神)
に養育されることになります。

これが「拾った」に掛けて
ヒロタ(廣田)の地であり
現在の兵庫県の
西宮神社や廣田神社のあたり
だといわれています。
カナサキに英才教育をうけ
すくすくと育ったヒルコは
ふたたび親元に復帰をしますと
ワカヒルメ(稚日女尊)
と称えられました。
やがて、弟の
天照大神が世継ぎとなり
伊勢に都を遷しますと
ワカヒルメは伊勢の
イサワ宮に仕えていたそうです。

このときに和歌山市のあたりで
稲の虫害が発生したといいます。
しかし、
天照大神は御幸中だったので
天照大神の后・瀬織津姫と
ワカヒルメが駆けつけました。
このときワカヒルメは
合計で32音となる
五七の歌を歌って
虫を追い祓ったといいます。
これにより稲が若返り
民も沸き返ったことから
ワカヒルメの編みだした歌を
「ワカ」というようになり
ワカヒルメは
ワカヒメ(和歌姫)
と称えられました。

当地のひとびとがお礼に
タマツ宮(玉津島神社)を築くと
ワカヒメはタマツ宮で
暮らすようになったそうです。
そんなときに今度は
朝廷の勅使であるオモイカネが
タマツ宮を訪ねてきますと
ワカヒメはオモイカネに
一目惚れしてしまいました。
いろいろと考えたうえで
ワカヒメは思いを伝える歌を
オモイカネに渡したといいます。

これが
マワリウタ(回り歌)
という回文の歌になっていて
オモイカネは断ることができずに
ふたりは結ばれることとなりました。
おふたりは滋賀県の野洲のあたりに
新居を構えて暮らしはじめました。
そこでおふたりの子である
タチカラヲが産まれました。
さらに、野洲では
ネの国という日本海側の国々も
管理するようになります。
そして父イサナギもなくなると
天照大神の御子である
オシホミミの養育もはじめました。
これにより、ワカヒメは
シタテルヒメ(下照姫命)
とも称えられました。

そんな時に今度は
天岩戸事件がおこります。
夫のオモイカネは
伊勢の朝廷にかけつけると
この難題を解決しました。
しかしその後
オモイカネの消息は
つかめなくなります。
どこでなにをしていたのか
そんな考察を前回も行いました。
さて
野洲の宮を預かる
ワカヒメのもとに
流離刑となった弟
ソサノヲが訪ねてきます。
ワカヒメはいろいろと考えたうえ
全身武装をして出迎えて
追い返しました。
いわゆる
誓約(うけい)のシーンです。
のちにソサノヲは
ヤマタノオロチを退治して
男の子が生まれたことから
ふたたび
姉のもとに駆けつけるのですが
それでも叱られて
追い返されています。

これにより
深く反省したらしく
心を入れ替えますと
反乱軍ハタレの討伐にも
参加したようです。
そこで武功をあげたことで
朝廷への復帰を許されると
ソサノヲは
反乱軍の本拠地であった国の
統治を任されるようになり
そこに出雲を建国しました。
このときソサノヲは
「八雲たつ」の和歌を詠みました。
この歌を聴いて
姉ワカヒメはようやく
弟ソサノヲを許したようです。

ワカヒメは晩年をふたたび
タマツ宮の地で過ごしたらしく
さいごは
トシノリカミ(歳徳神)
と称えられたようです。
その墓所は養育されていた
廣田の地にほどちかい
越木岩神社と地といわれます。
1アヤと和歌
講義後半の1時間は
1アヤの本文を交えながら
和歌とはなにかについて
まとめてゆきました。
ホツマツタヱでは
「章」のことを
「アヤ」といいます。
冒頭の第1章である
1アヤは
和歌についての記述から
はじまっており
和歌が生まれた経緯について
詳しく書かれています。

そのなかで
キツサネというホツマツタヱ用語の
解説が行われるのですが
これは
東西南北のことであり
東は朝や春
南は昼や夏
西は夕や秋
北は夜や冬
に対応しているということが
語られています。

こうしたキツサネを
歌に詠みこむことも
和歌の基本原理で
あるようです。
いまでいうところの
俳句の季語のようなものですね。

さらに。五七調とは
天地のめぐりに関わりがあり
1年が365日であることに
由来するといいます。
そもそも「ワカ」には
地(ワ)を数(カぞ)える
という意味があり
暦にも関わるといえます。
ですから31音であることは
基本原理であるといえます。

また祓いの要素を持たせるときは
32音にして字余りさせることで
魔や穢れを防ぐのだそうです。
国家の君が代も
32音になっているのは
これと同じようですね。

また回り歌によって
こらえきれない己の感情を
表現できるようになりました。
これまでは返歌をともなう
「歌」であったものが
自己完結的に表現できる
「和歌」となり
心のわだかまりを解消して
心を健やかに保つことが
できるようになりました。

こうしたことを
ホツマツタヱ用語では
ミヤビというようで
歌にはミヤビを込めることも
流儀となっていったようです。

こうして
個人をたてて
中心をたてて
ワカ(和歌)によって
心を健やかにたもつことが
この国の精神として
非常に重要なものと
なっていったようです。
質疑応答
講座の後は
質疑応答の時間です。
岩樟船と岩樟神社に
関係はあるのか?
年中行事が奇数月なのは
理由があるのか?
などなど
興味深い質問をたくさん
いただきました!
ぼく自身もまだまだ
わからないことだらけなので
質問いただけることが
本当にありがたいですし
とても勉強になります!

ほかにも
神社めぐりツアーは
やらないのですか?
というご意見までいただきました!
ありがとうございます!
考えておきます!
さらに、
質疑応答の時間にも
ワカヒメの考察を
お話させていただきました。
第14代仲哀天皇の后である
神功皇后とは
ワカヒメの転生ではないの?
というお話もしてみました。

こちらは以前に
検証ほつまつたゑ誌でも
掲載していた内容ですね。
ほかに、
空海との関係についても
お話ししてみました。
空海は
高野山を開くにあたって
丹生都比売神社の社領を
もらいうけたといいますが
この
丹生都比売という女神さまも
ワカヒメと同神といえます。
さらに、
空海との関係もささやかれる
如意尼というかたは
西宮の甲山の麓に
神呪寺をひらいていますが
ここもまた
ワカヒメ・瀬織津姫の
聖地といえます。
というようなお話も
させていただきました!
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第6回オンライン講座
第6回オンライン講座は
2026年2月28日(土)
13:00 ~ 16:00
といたします。
受講料は
5,000円
とさせていただきます。
天照大神の弟である
ソサノヲとその子孫たち
についてお話したいと思います。
当日参加いただけないかたも
お申し込みいただけたらと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。
NAVI彦 拝
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