検証ほつまつたゑ
ホツマツタヱ研究の専門同人誌・
『検証ほつまつたゑ よみがえる縄文叙事詩』の
第140号(令和7年8月号)に
掲載していただきました!
本当にいつも
ありがとうございます🥰
今回も
ホツマツタヱをもとにした
『小説』を投稿しています。
天照大神の父母である
イサナギ・イサナミ
を描く連載の第10回です。

↓前回まではこちらにまとめています。

(※当ブログでは掲載にあたり
やや改訂したものを投稿しています)
おふかんつ実 その10
《ホツマツタヱ異文小説》
泡
暗い海のなかを
ぽつりぽつりと泡が浮かんでゆく。
ひとつ、またひとつと泡のつぶは
ふらふらと揺れながら昇っている。
イサナギは泡のゆくさきが気になって
追いかけてみた。
するといつの間にか
泡がたくさん集まってきた。
あたりいっぱいにひろがると
泡がこちらに迫ってくる。
思わずイサナギは目を瞑った。
ふたたび目を開けば、薄暗い洞のなかにいた。
たったいま暗い海を泳いでいた気がするが
よく思い出せない。
そういえば、
大岩のうえで横になったのではなかったか?
とも思うのだが、いまは立っている。
おそるおそる踏みだしてみれば
足を傷めているらしく動きはとても鈍かった。
灯かりを、と思って石と櫛を探せば
ふいに洞の奥に火がともる。
みれば御櫃に腰をかけた美しいイサナミが
幼い赤児を抱いていた。
重たい足をひきながら
愛しい妻のもとへたどり着くと
イサナギはほっと息をもらした。
「おそろしい夢をみたんだ。
イサコがわたしのもとからいなくなってしまう
そんなおそろしい夢だよ」
イサナミは赤児をあやしながら
幸せそうにこたえた。
「泡になって消えたヒヨルコが
わたしたちに会いにきてくれたの。
さあ、タカヒトも抱いてあげて」
イサナミの手より
柔らかで羽のように軽いヒヨルコを抱きとめると
イサナギの眼にも涙がこぼれた。
「あぁ、
船に乗せて流してしまったわたしを
どうか許しておくれヒヨルコ」
アワウワとほほ笑むヒヨルコを
ふたりで見つめていると
こんなひと時が
いつまでも続いてくれたらいいのにと思ってしまう。
「ヒヨルコは許してくれている。
だからこうして会いに来てくれたのよ」
「すまない。
すまなかった、ヒヨルコ」
「タカヒト、あなたもそう。
わたしに会いにきてくれたのよね?」
イサナミにそういわれて
イサナギも心の裏に蘇ってくるものがあった。
「あぁ、そうだった。
わたしはイサコにいま一度会うために
ここへやって来たのだった」
「来ないでといったのに
それでも来てしまうのがタカヒトらしいところ。
ずうっと変ってない」
「そうなんだ。どうやらわたしは
はじめてイサコと会った宮津の浜から
なにも変ってないらしい」
哀しみをたたえたイサナギを
イサナミはまっすぐに見つめてこういった。
「あなたの瞳にはいまでも
原見山でみた高天原の星々が映っているのよ」
「わたしはイサコと離ればなれに生きていくことはできない。
どうかこのまま、わたしも連れていってくれ」
ヒヨルコの温もりが伝わり
イサナギには思い残すことが何もなかった。
「タカヒト、それはできない。
わたしの心臓はいま玉鋼となって
熱き血潮のかわりに丹く溶けた鉄が巡っている。
これは止めようがないの。
だから、あなたと行くことは、もうできない」
「それがイサコの、真の心なのか?」
「わたしの心の裏を見てちょうだい。
あなたの瞳が、モトアケの兆を見るように」
イサナミの声はどこまでも澄んでいた。
洞のなかだというのに、海を渡る風のように響んでいる。
「わたしに……できるだろうか……」
「あなたにはまだ、成すべき功がある」
「わたしには……とても……」
アワウワ、とふたたびヒヨルコが笑った。
手足をはたたかせて、空でも飛んでいるかのようだった。
するとイサナミも
ヒヨルコにあわせて笑いだした。
「まぁ! ヒヨルコがあなたに着いていくって!」
「ヒヨルコが、着いてくる?」
「ええ! あなたといま一度、
アワ国をみてまわりたいっていってる!」
「この国を、また巡る?」
「良いじゃない!
わたしはハナキネに降りた隈を、この身に引き受けた。
これからはあなたが、ヒヨルコの汚穢を引き受けるの」
松明の炎がはぜて
火の子とともに黒い灰が舞いあがる。
その灰も炎も、
イサナミの肌に吸いこまれるようにして消えていった。
シコメ
「ともに行くことはできないか、イサコ」
「わたしがここにいられるのも、あとすこし。
ほら、わたしのまわりに翳が渦巻いているでしょう?」
イサナミがそういうと
火明かりの外から八つの人影があらわれた。
黒い羽のような衣をまとっていて
顔まで羽や毛におおわれている。
脂の腐ったような臭いがたちこめて
イサナギは顔をしかめた。
「シヰを枯らす女の神よ。
わたしの亡骸は蛆や鳥についばまれてなくなります。
けれど魂魄のほうは
魂を天元に昇らしめるため
シコメが魄を枯らすのです」
「わたしをここまで追いたてた
黒い鳥のようだ」
イサナミの黒髪と
シコメの黒い衣はとてもよく似ていた。
どこか青く艶めいてみえる。
「わたしは天元に還ります。
タカヒト、あなたはヒヨルコとともに行くのです」
さわさわと蠢く翳をみていると、
イサナギの心にも沸きたってくるものがあった。
「もしも、
シコメを追い払うことができたなら
イサコもともに来てくれるだろうか?」
「なんてことを!
天神のあなたが、理に背くというの?」
「イサコといられるのなら、理をも越えてみせよう。
そのための、剣だ!」
気がつけばイサナギは
左手にヒヨルコを抱いたまま
右手には剣をたずさえていた。
「おやめなさい、タカヒト。
あなたはまた長く、悔いることになりますよ」
「日の輪より堕ちくだった鉄の剣で
女の翳など断ち切ってみせる」
イサナギは剣を、シコメへと振りおろした。
シコメはあらがいもせず、黒き衣で受ける。
するとあろうことか、
日の輪の剣のほうがふたつに折れてしまった。
「あぁ……」
おどろいて我をうしなうイサナギに
イサナミはその身を震わせながら続けた。
「わたしのシヰを喰らい
シコメもまた玉鋼となっているのです。
わたしたちの玉鋼は
空から堕ちてきた鉄よりもなお固いのです」
「なんということだ……
天のはからいに、人のおこないが優ったというのか」
「これからは、そうなります」
イサナギが剣をみれば
右手の表に血がべったりとついていた。
血はシコメのものではなく
イサナギのものであった。
「どこか傷めているの?」
イサナミに聞かれて
イサナギはまた思い出すことがあった。
神往きをおこなうためにイサナギは
みずからの足を斬りつけていたのだった。
「イサコに会いたくて
わたしもシヰを捧げたのだ」
「なんてこと!
あなたもシコメがついてしまう」
「もう、それでもいい」
「ヒヨルコの顔をみても、まだそういえますか!」
イサナミにいわれて、
イサナギは胸もとの赤児に目をおとした。
アワウワと笑うヒヨルコをみていると
ふとアワウタがよぎった。
ヘネメオコホノまでしか歌えずにいたのは
妻を失ったからだ。
それでも、心を明かすことができたなら
愛しい子らがともにいてくれるのなら
なにか新たな歌が詠えるような気がした。
「さあ、タカヒト。お逃げなさい!
シコメがあなたに追いつくまえに」
イサナミに追い立てられると
イサナギはヒヨルコをしかと抱えて
薄暗い洞をあとにした。
山葡萄
足は重たいが、息はあがっていない。
疲れを感じないのは、神往きをしているからだろうか。
洞から出ると森が広がっていた。
道は悪く、足も痛いので、走って逃げることはできなかった。
シコメらは洞より這い出てくると、血の匂いを嗅ぎつけて
イサナギのほうへまっすぐ向かってくる。
「枯らす神」の力によるものか
シコメが通ると森の草木はみなそろって枯れてしまうのだった。
木々のあいだを縫うように逃げていたが
いよいよ足の痛みにたえきれず
イサナギは大きな木の蔭にかくれて立ち止まった。
息をひそめていると、草木の枯れてゆく音が
森の泣き声のように近づいてくる。
アワウワとヒヨルコが笑ったので
イサナギはあわてて口をふさごうとした。
ヒヨルコはお腹がすいているのか
太い幹に巻きついている山葡萄に手を伸ばしていた。
食べるにはまだ若く、ちいさな実である。
このままでは、どのみちすぐ追いつかれてしまう。
そうすればヒヨルコはまた、消えてなくなるだろう。
だったらいまのうち、
ちいさな実でもいいから食べさせてやりたい。
そう思ってイサナギは
折れた剣をつかって山葡萄の蔓を斬った。
そうしてヒヨルコに、房ごと渡してやる。
ヒヨルコはおおいに喜んで山葡萄を持ちあげると
そのまま放り投げた。
あわや、イサナギの背に迫っていたシコメだが
ふいに足元に投げられた山葡萄をみると
われさきにと食らいついた。
「やや、何とした?」
シコメらはわれを忘れて山葡萄を奪いあっている。
イサナギのことなど、まるで見ていなかった。
「そうか、山葡萄は熊が好むらしい。
イサコの隈を喰らったシコメもまた
熊となり、山葡萄を欲したのか」
枯らす神の力によって
まだ若かった実も熟して色づいている。
イサナギは剣でさらに蔓を斬り
山葡萄を投げていった。
するとシコメは酒を呑んで酔ったかのように
右に左に行き惑いはじめた。
「山葡萄が枯れて酒となり
呑み酔たのか。それ、いまだ!」
つらつらと群れるシコメを抜けて
イサナギはさきをいそいだ。
すべてを失うかもしない
そうした恐れはあるのだが
どうしてだか笑いが込みあげてきてしまう。
みればヒヨルコもまた
アワウワヤと楽しそうに笑っていた。
これも父と娘の血縁によるのだろうか。
竹串
足は痛むばかりで、思うようには進めない。
シコメは行きつ戻りつしながらも
こちらへ向かってきている。
足どりは緩くなったものの
追いかけているのに変わりはない。
山葡萄のほうも
手近に生えていたものはすぐになくなってしまった。
『よいのか、よいのか、エヒなげて。
エヒは、ヱヒタメトホカミぞ……
エヒツル切るは、連を断つ。カミのシムをも、断ちたるや』
どこからか声が聞こえてくる気がした。
これはシコメらの声だろうか?
「山葡萄がないなら、つぎはこれだ」
イサナギは剣で竹の節と節のあいだを斬ると
これを竹串としてシコメに投げた。
枯らす神の力をもってしても
竹は枯れることなく勢いよく伸びつづけた。
やがて根がわかれると筍が頭を出した。
するとシコメは、この筍を食べはじめた。
筍もまた熊が好むものである。
さらに竹の笥にたまった水も
醸されて酒となっていた。
シコメらはこれを呑み、ふたたび酔た。
「それ、ヒヨルコ。逃げるぞ、逃げるぞ」
酒の甘い香りがただようなかを
イサナギとヒヨルコが笑いながら抜けてゆく。
『よいのか、よいのか、タケなげて。
タケはタカミのカミなるぞ……
猛き奇霊も、断ちたるや』
また声が聞こえた気がした。
けれども痛みをこらえて逃れるイサナギには
森の騒めきとしか思えなかった。
竹林もなくなるころには
夜も深くなってきた。
「しめた、こちらが夜となれば、
黄泉の境はもうすぐだ!
道行きを照らす、櫛火を灯そう」
イサナギは懐より櫛と石を取りだすと
慣れた手つきで火を灯してゆく。
「黄楊の奇火は、
黄泉の境より道を接げ開いてくれる。
そして世を継げという
御祖の告げともなる。よしよし」
しかし火を灯せば
シコメらにも見つかりやすくなる。
そして夜が迫るとともに
シコメらの勢いも増してゆく。
森の枯れてゆく声が
闇夜にこだましてイサナギにまとわりついてくる。
木々のあい間を
足を退きひきイサナギは逃げ惑う。
黄楊は火持ちがよく、消えにくい。
折れた剣とともに右手に掲げれば
面に挿した竪櫛と、左手に抱いたヒヨルコの頬が
赤く照らし出された。
アワウワ、とヒヨルコがまた手を伸ばした。
瞳のさきを追ってみれば
木々の梢におおきな実がいくつも垂れさがっている。
ヒヨルコの頬のようにふくらんだ実は
櫛火に照らされて
まるでたくさんの赤児が
こちらをのぞき込んでいるようだった。
かなまこと いれずはちみす
ホツマツタヱ 5アヤ
わがうらみ しこめやたりに
おわしむる つるぎふりにげ
えびなぐる しこめとりはみ
さらにおふ たけくしなくる
これもかみ またおひくれは
(つづく)
解説
ヲシテ文献の空白部分を
想像力によって補ってみようという小説企画です。
「異文」としているのは
あくまで可能性のひとつということです。
今回は、シコメに追われて
イサナギが逃げるというシーンです。
「シコメ」は「醜女」ではなく
「シヰを籠める女神」として
「枯らす(烏)神」の同体とみています。
人間は生まれくるときに
天元神・天並神・三十二神の協力を得て
肉体を備えてゆくといいます。
シコメ(枯らす神)は
この逆方向の働きをする存在であり
備わった肉体や魄を失わせて
人間が霊魂の世界に還る手伝いをしていると考えます。
イサナギとイサナミの次女にあたるヒヨルコは
泡となって流れてしまったことから
水子の神ともいわれます。
イサナギがみずからを恥じたことで
「淡路(吾恥)島」の名がついたのですが
イサナミにも「恥」をかかせたこと
のちに「アワ宮」で「アワ君」の歌を詠むこと
さいごは「淡路島」でなくなったことから
神往きした世界で
ヒヨルコと再会したという設定にしました。
神往きした先の世界は
「黄泉(ヨモツ)」といいます。
あの世とこの世の中間的な世界でしょうか?
「ヨモツ」を「四方尽・夜持」とするなら
この世の最果ての国や
昼と夜が逆転した世界などと読むこともできます。
「夜持」から
「ヒヨルコを持つ」も想起しました。
一般的な解釈では
恥をかかされた妻イサナミが
夫イサナギのことを「恨み」に思って
シコメに追わせたとなっています。
この「ウラミ」というのを
小説では「心の裏を見る」としました。
イサナミが「心の内に秘めた思い」を
読んでみたいと思ったのです。
「剣(ツルギ)」は
ホツマツタヱにおいてここが初出です。
イサナギの時代にはすでに
剣が存在したということでしょう。
時代考証においても
物語においてもこれが要となってきます。
イサナギはシコメのことを
イサナミの隈が実体化した存在だと思っています。
そこで熊の好物である
「山葡萄」や「竹串(筍)」を投げてゆきました。
最後に投げる「桃」もまた
熊の好物といえます。
このあたりは、
天照大神の世を騒がせたハタレたちの
鎮圧のシーンとも重なってゆきます。
みなさまの研究の一助となれば幸いです。
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