検証ほつまつたゑ
ホツマツタヱ研究の専門同人誌・
『検証ほつまつたゑ よみがえる縄文叙事詩』の
第142号(令和7年12月号)に
掲載していただきました!
本当にいつも
ありがとうございます🥰
今回も
ホツマツタヱをもとにした
『小説』を投稿しています。
天照大神の父母である
イサナギ・イサナミ
を描く連載の第11回です。
↓前回まではこちらにまとめています。
(※当ブログでは掲載にあたり
やや改訂したものを投稿しています)
おふかんつ実 その11
《ホツマツタヱ異文小説》
人を待つ剣
黄楊櫛の火に照らされて
森の梢に垂れる桃の実が
赤く浮かびあがるのを眺めていると
イサナギは日継ぎの御子
ワカヒト[天照大神]を思い出した。
イサナミの胎に九十六月ものあいだ宿ったわが御子は
円の胞衣に囲まれた玉子として生まれてきた。
その胞衣の玉子と、赤い桃の実は
どこか似ているように思えた。
「いけないよ、ヒヨルコ」
赤い実に手を伸ばしている幼いヒヨルコを
イサナギは諭すようにいった。
「これも熊が好むものだけれど
桃を投げるわけにはいかない。
それはわたしたちの――」
言いかけたところで、言葉に詰まった。
口にすることすら畏れていることを
イサナギはこのときに思い知ってしまった。
それでもヒヨルコは
届かぬ手を伸ばし続けている。
彼女の黒曜石の瞳には
ちいさな赤い実が星のように
いくつも照り映えていた。
シコメたちが枯らす草木の叫びは、まだ遠い。
森を抜ければ黄泉の境も開くだろう。
この森には見覚えがある。
黒い鳥に追い立てられた森
六代天神オモタルが行宮とした
巌のある森と瓜ふたつ。
あの森の黄泉の姿といえるだろう。
おそらく巌では
わが身体が大岩に横たわり
わたしという主の帰りを待っている。
イサナギは立ちどまり
櫛火とともに掲げていた日の輪の剣を
桃の木の根もとに置いた。
シコメを斬ろうとして
折れてしまった鉄の剣である。
剣は、ここに置いてゆこう。
遠き世か、いずれの世にか
この境に着くものがあれば
わが剣に慰められることもあるだろう。
そのものは同じように
足の痛みに苦しむものかもしれない。
ひとつ思いを
遂げようとするものかもしれない。
そんなひとを待つ剣となれば
わたしも報われる。
イサナギは櫛火を口にくわえ
右手で桃の実をとると
左手に抱くヒヨルコの口もとへ運んだ。
ヒヨルコはちいさな手で桃をつかみ
くるくると回しながら、美味そうに食べていった。
種まで呑みそうになるところを
イサナギはさっと奪いあげる。
灰汁(毒)があるので
種まで食べさせるわけにはいかない。
種はそのまま森に捨てて
櫛火をふたたび右手に掲げてから
「さあ、帰ろうヒヨルコ」
と声をかけた。
けれどもヒヨルコは
もうあとひとつふたつ食べたそうに
手を伸ばしている。
「御饗というには少ないけれど
この足ではすぐに追いつかれてしまう」
許しを乞うようにイサナギがほほ笑えんでいると
ヒヨルコの黒い瞳に浮かぶ桃の灯が
ひとつ、またひとつと消えていった。
はっとして顔をあげれば
八人のシコメたちがイサナギをとり囲んでいた。
すぐに脂の腐ったような臭いたちこめて
草木が枯れてゆく。
森の騒めきは、まだ遠かったはずだ!
そう思ってシコメの翳を追えば
いま捨てたばかりの桃の種が割れて
なかから翳が伸びていた。
シコメは桃の種の灰汁より這い出てきたのだった。
シコメたちの声が、雷のごとく轟いた。
『ヱヒを投げ、タケクシ投げて、
イワのトも、開きたるかや、
つぎ投ぐる、ものはあるかや』
「わたしの両手は、幸に満ちている。
おまえたちに、捧げられるものはない!」
ヒヨルコを胸に抱え
すこしでも翳を祓おうと黄楊櫛の火を掲げながら
イサナギは叫んだ。
「足を斬るという、わたしの身削ぎは過ちだった!
わたしはヒヨルコとともに帰るのだ!
櫛火も、御霊も、わたしとともにある!」
八人のシコメが
イサナギとヒヨルコにとりついた。
『なればその、ミソギのシヰを、奪います』
桃の木のしたで、ふたりは翳へと隠れていった。
オフカンツミ
深く暗い沼では、蠢くほどに沈んでゆく。
重たい汚泥に、心葉まで蝕まれてゆく。
腐敗臭が漂い、息も絶えだえとなる。
シコメの翳のなかは
この世のあらゆる隈[厄]に満ちていた。
イサナギはそれでも
ヒヨルコと櫛火を離さなかった。
いくつもの黒い腕が
それらを奪おうと巻きついてくる。
が、命尽きるまで、
いやたとえ命が尽きようとも、
守りたいと思った。
翳のなかでも、
ヒヨルコと櫛火はほのほのと赤く輝いてみえた。
しかしその光のうち
ヒヨルコのほうがやがて弱く薄くなってゆく。
ヒヨルコの御霊がさきに、尽きようとしていた。
あぁ、もう、ここまでか。
ヒヨルコとおなじく
イサナギの息吹もまた、絶えようとしていた。
黒い腕を払うことも
ヒヨルコを守ることも
功を成すこともできず
ここで果てるのか、
とイサナギはおおいに悔いた。
『火の扱えな、わーに任しちょうてごせ』
ふと声が聞こえた。
懐かしく、そして胸を締めつけられるような
太い声である。
黄楊櫛のちいさな火が
松明のようにおおきく輝いた。
赤々と燃える炎に照らされて
シコメたちの勢いはそがれて翳が薄くなった。
たぎる火と、弱るヒヨルコをあいともに見て
イサナギはここで、ようやく思い定めた。
「ならば火は、火の守に任せよう」
イサナギは櫛火を手離した。
黄楊櫛は落ちるでもなく
翳にただよい、炎をましていった。
イサナギは空いた右の手を
翳のすき間へ伸ばす。
そうして桃の木の、桃の実をつかみとり
シコメの翳に向かって、投げた。
カァ、カァ、カァ、カァ、カァ、カァ、カァ、カァ。
カァ、カァ、カァ、カァ、カァ、カァ、カァ、カァ。
カァ、カァ、カァ、カァ、カァ、カァ、カァ、カァ、
カァ、カァ、カァ、カァ、カァ、カァ、カァ、カァ。
散り散りとなった翳が
黒い鳥となって舞い上がる。
その数も
百生る桃の実のように
百、千、万と羽ばたいていく。
鳥たちは群れ集まり
空に黒い雲をなして、ぐるぐると渦を巻いていった。
『よいのか、よいのか、モモ投げて。
モモはウビチニ、スビチニぞ……
ウスの丹心、断ちたるや』
「シヰを枯らす女の神よ、わたしは――」
轟く雷鳴に、またしても言葉を詰まらせたが
イサナギにもう迷いはなかった。
「わたしはイサナミとの
『キミ』の契りを断つ!」
黄楊櫛の火が猛り、桃の木へと燃え移った。
火はたちまちに
木から木へと燃えひろがると
闇夜に荒ぶる炎となり
森を赤く染めていった。
黒い鳥たちは炎と煙に追い立てられて
カァカァと鳴きながら
イサナミが眠る窟のほうへと退いてゆき
そのまま見えなくなった。
黒い鳥がいなくなると
炎の勢いはふいにおさまり
道行きを照らす灯火として
桃の木に留まった。
その道の真ん中に
さきほど投げた桃の実がひとつ
蔕を下にして落ちている。
イサナギは桃に歩みより
かしこみ坐して額づいた。
「四代天神の定めた法を
わたしは破りました。
夫婦がともに国を治めるという
御祖の教え、トの教えに背いたのです」
すこしく頭をあげて、イサナギは続ける。
「身削ぎによる神往きも
天神として大いなる過ちでした。
わたしはこれらの罪を
妻であったイサナミの代わりに
背負ってゆくことといたします」
イサナギの眼から涙があふれた。
悔やんでも、悔やみきれない思いが込みあげてくる。
「このわが罪を忘れぬよう
これよりは桃の実の種を捧げて
『オフカンツミ』と名づけます」
イサナギは桃の実を拾って、ひと口噛んだ。
熟えた味が、穢れた心まで癒してくれるようだった。
左手で息も絶えんとするヒヨルコの口にも
桃を押しあてて汁を吸わせた。
するとヒヨルコも
細く目を開けて、アワウワとちいさく返した。
「わたしでは、天の願いに応えられない。
わたしはいま、それがよくわかった」
桃の種はすぐに乾いて、深い皺を刻んだ。
それはどこかイサナミの眠る海辺の窟のようであった。
振れば鈴のようにカラカラと音もする。
イサナギはこれを袂に入れて持ち帰ることにした。
みずからの弱さを、忘れぬようにである。
「天の願いに、わたしは応えられない」
そう繰り返していると
イサナギの心を蝕んだ汚泥も
なぜか軽くなってゆくのだった。
チカエシノカミ
桃の灯火に照らされて
オモタルの行宮まで帰ってみれば
大岩のうえにはやはり
イサナギの身体が横たわっていた。
隣には美しいイサナミが腰をかけて
ふたりを待っていた。
剣で斬りつけた足には
葦が巻かれている。
どうやらイサナミが
血止めをしてくれたようだ。
「もう、こんなことはしないで」
イサナギの身体を、
イサナミはやさしく撫でた。
「イサコ、わたしは桃の実を投げてしまった」
「男と女のふたりで、
君[君主]となる世はここで終わり。
これからはひとりで君を務め
おおくの妃を入れるの。
木[男]に花を咲かせて
いくつもの実[子]をつけるために」
「ワカヒト[天照大神]の世ではそうしよう。
宮の床下には『オフカンツミ[桃の種]』を撒き
わが罪とイサコの丹心を伝えて
子種の守りとするのだ」
「わたしも、天に祈るわ」
あい恵み、慈しへと至ったふたりの最愛が
ここに終わりを迎えようとしていた。
「『言挙げ』で結ばれたわたしたちの
別れの『言断ち』はなんとすべきだろう?」
「『ゑ』と『うまし』ではじまったから
『うるわし』にしましょう」
「あひ、わかった」
イサナギは左手に抱えたヒヨルコを
大岩におろした。
ヒヨルコもふたりの行く末を静かに見守っている。
「うるわしや、愛しいあなた。
わたしたちの日々の暮らしは
ささら流れる伊佐川のように清く幸せだった。
わたしは天元に還り
日々を悔いて過ごすでしょう。
でもこういうと、あなたは思いを残してしまう。
だから、あえてこういいます。
もしわたしを追うのなら
日々千人もの臣が首をくくり
民はさらに苦しむでしょう」
イサナミの宣詞を受けて
イサナギも返詞を編んだ。
「うるわしや、愛しいおまえ。
どうか心安くいておくれ。
わたしは国へ帰り
わが子の行く末を見守ろう。
わが穢れは直ちに祓い
わが過ちをただ償ってゆく。
いまよりおおくの臣を定めて
いまよりおおくの民を救うと誓おう。
だからどうか、心安くいておくれ」
巌に響むイサナギの声は巌を抜けて、
炎に染まる黄泉の境のすべてに轟くようだった。
「この国を弥和へ導くのは、あなたよ」
「イサコ。
ひとつだけ、聞いておきたいことがある」
「ええ、なぁに?」
イサナギは軽く息を吸ってから
真っ直ぐにイサナミの瞳を見つめてこういった。
「ハナキネは……わたしの子でいいのだな?」
イサナミもまた真っ直ぐに、イサナギを見つめる。
「ええ。その通りよ」
ヒヨルコとおなじ黒曜石の瞳には、
この世のあらゆる隈が映り込んでいた。
「わかった。ならば別れの限りとして
この大岩を『カリギイワ[磐境]』とよび
神往きの道を断つとしよう。
また、わたしたちはたがいに
道を帰し、誓を返し、霊を還した。
これよりは『フタカミ[両神]』ではなく
『チカエシノカミ[道祖神]』となり
この磐を境として
ともにひとびとの道行きを守る神となろう」
イサナギがヒヨルコを抱えると
ヒヨルコもまた手足をはたたかせて
イサナミとの別れを惜しんでいた。
もものきに かくれてももの
ホツマツタヱ 5アヤ
みおなくる てれはしりぞく
えびゆるく くしはつけよし
もものなお おふかんづみや
いさなみと よもつひらさか
ことだちす いさなみいわく
うるわしや かくなささらば
ちかふべお ひひにくびらん
いさなぎも うるわしやわれ
そのちゐも うみてあやまち
なきことお まもるよもつの
ひらさかは いきたゆるまの
かきりいわ これちかえしの
かみなりと くやみてかえる
(つづく)
解説
ヲシテ文献の空白部分を
想像力によって補ってみようという小説企画です。
「異文」としているのは
あくまで可能性のひとつということです。
今回は、小説のタイトルでもある
「おふかんつ実」が登場します。
シコメを退けたことから
「桃」が「オフカンツミ」と称えられているのです。
桃といえば
四代天神ウビチニ・スビチニの代名詞です。
ひな祭りの由来でもあり
日本ではじめて「結婚」をした夫婦の神といえます。
そんな桃を「投げた」というのは
「婚姻関係の破棄」を意味するのでしょう。
シコメが退いたのは
桃に祓いの呪力があったからではなく
離縁(離婚)によって
追いかける理由がなくなったから
と考えました。
天神の教え(婚姻制度)を守ることができなかった
国民を顧みずに黄泉まで追いかけたことが
イサナギの「罪」であり
これを背負って償いながら生きることを
「負神罪」としています。
また小説では、
桃の「実」ではなく「種」の神名としました。
「ミ」には「実」のほかに
「種」の意味もあるからです。
硬い殻に覆われた桃の種は、後世まで残るので
「教え種(教訓)」になったのでしょう。
縄文・弥生遺跡からは
桃の種が大量に出土しており
何らかの祭祀用具だったといわれています。
21アヤでは
天孫ニニキネのニハリ宮造営において
おふかんづみは
ホツマツタヱ 21アヤ
はにしきて まつるやつくり
しこめなし
とあり、土地の祓い清めの祭祀に
「オフカンツミ」が用いられていたようです。
ところで桃といえば、
樹高も低く、幹も細いので
木に「隠れる」ことは難しいでしょう。
また古代の桃は
実も小さく、甘くなかったといわれており
いまとは別種だったという説もあります。
だとすると、
当時の桃は「ヤマモモ」かもしれません。
野イチゴをおおきくしたような実で
桃のイメージからはかけ離れているのですが
樹高は20Mほどあり
幹も太いので「隠れる」ことはできそうです。
花言葉も
「教訓」「ただひとりを愛する」ですから
こちらを選んでしまいたくなります。
イサナギにとっての黄泉下りは
天照大神にとっての岩戸隠れであり
死と再生の物語ともいえます。
おのれの弱さ知ることが
イサナギにとってのブレイクスルーとなって
この国を「大和」へ導くという
功に繋がってゆきます。
桃の種の硬い殻は
天照大神の胞衣や岩戸のようにも思えてきます。
またイサナミは
豊受大神や天照大神にさきがけて
花の窟という洞に籠った存在だったとしら
まさにこの国の
地母神といえるのかもしれません。
みなさまの研究の一助となれば幸いです。
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