検証ほつまつたゑ
ホツマツタヱ研究の専門同人誌・
『検証ほつまつたゑ よみがえる縄文叙事詩』の
第139号(令和7年6月号)に
掲載していただきました!
本当にいつも
ありがとうございます🥰
前回より
ホツマツタヱに登場する
「歌」を解説するという
新連載をはじめました。
今回もおなじく
1アヤに登場する歌について
読んでみました。
「わか」らぬことお 2
前回(138号)より
ホツマツタヱを「歌の指南書」という側面から
読んでみるという連載をはじめました。
ホツマツタヱで詠まれている
歌のかずかずをとりあげてゆき
「わか」らないながらも
「和歌」を語ってみようと思っています。
ウタ
和歌について語るまえに
前回はまず
歌とはなにか
掛詞とはなにかをたどる
ことからはじめました。
ホツマツタヱ全編を鑑みるに
原初の日本語は
1音1音で構成されていたらしく
そうした「音」には
原初の神が宿るだけでなく
いくつもの意味が含まれた
豊かな響きをもつものだった
と考えられます。
やがてひとびとが増えゆき
いくつもの国が築かれてゆくとともに
共通認識をより
厳密にする必要が生じたのでしょう。
そこで言葉の意味をより
限定的にするため
1音1音の組み合わせである
2音語や3音語が生まれて
ひとびとは
円滑なコミュニケーションが
取れるようになったと想像します。
しかしそうすることで
今度は1音1音が本来もっていた
豊かな意味が失われてしまう
という事態が起こりはじめたようです。
そこで失われた意味を取り戻すために
掛詞(かけことば)が考案されて
ひとつの言葉に
いくつもの意味を
「掛け合わせる」ことで
1音1音が本来もっていた豊かさを
現在でも味わうことができるようになった
と考えました。
アメミヲヤ(天御祖神)
が生みだして
クニトコタチ(国常立尊)
がひろめたのが
ヲシテという
古代の文字(音)です。
これを大系的にまとめたのが
フトマニ図(モトアケ)であり
こちらは
豊受大神が作ったと
考えられています。
また
フトマニ図による
言語体系をひろめたのが
アワウタであり
こちらは
イサナギ・イサナミが作った
といわれています。
豊受大神だけでなくイサナギも
「タ」の尊の子孫とするならば
ウタ(歌)というものは
原初のエネルギーである
「ウ」を「タ」の末裔が
引き出す秘術ではなかったか?
というのが前回のあらましです。
ワカ
さらにこの
「ウタ」の秘術をひとびとが
ひろく使えるようにしたものが
ワカ(和歌)ではないか?
というのが今回の内容です。
ワカヒトこと天照大神は
和歌集「フトマニ」を編纂することで
天[国政の道ゆき]を
照らしたとするのなら
ワカヒメは
和歌を大成させることで
地[ひとびとの心の内]を
照らしたことから
シタテルヒメ(下照姫)
と称えられたのではないでしょうか?
「ワカ」という
精神文化が生まれたことで
君臣民はより深く
結びつくことができたというわけです。
1アヤではワカヒメによる
「和歌」大成の歴史が語られています。
稲穂を食べ尽くす
「イナムシ(稲虫)」に蝕まれた田を
ワカヒメは
「ウタ」の呪力によって救いました。
これによって
田は「若(ワカ)」返り
ふたたび稔りをつけたことから
ワカヒメの祓い歌を
ワカノウタといったのが
和歌の原初の形であるようです。
「イナムシ(稲虫)」とは
「蝗(いなご)」のことといわれますが
これを
「五七蝕(ヰナムシ)」と読んだならば
五七調を蝕むものとなり
イサナギ・イサナミの治世や
子孫に敵対する勢力がいた
と読むこともできます。
「イサナギ・イサナミ」の名も
「ヰサナギ・ヰサナミ」と読んだならば
「五(ヰ)」「七(ナ)」が
含まれていることも見逃せません。
五七調とは
日月の巡りから生まれたものであり
日や月の数を
「かぞえる」ことで導きだされた
この国の暦のことでもあります。
「ワカ」という言葉はこのように
「地(ワ)」の巡りを
「数(カぞ)える」
という意味も含まれているようです。
また「暦」という言葉は
「日(ヒ)」と
「夜(ヨ)」を
「見(ミ)」るという
「ヒヨミ(日算)」からきているそうです。
ここから日や月には
「読む(ヨム)」という
動詞が使われたようですが
五七調の歌を作ることを
「詠む(ヨム)」というのも
これに関係のあることなのでしょう。
「五」というのは
母音の数でもあります。
アイウエオの五母音はそれぞれ
空・風・火・水・土という
自然界の五大要素をあらわしており
ヒト(人)という存在は
五大をすべて混ぜ合わせて作られた
とされています。
五大要素から生まれているからこそ
「人は声で五母音を操ることで
自然現象をも操ることができる」
とされたのでしょう。
「ワカノウタ」は32音であり
五七五七七の合わせて31音に
1文字余らせることで
祓いの意味を持たせています。
これは
4年に1度の閏日に関わるのではないか
と前号には書きましたが
32音といえば
フトマニ図の外側2つの円である
ミソフカミ(三十二神)
でもあります。
「身に添ふ神」とも読まれるように
人の外見(面)に関わる神
といわれています。
イサナギ・イサナミの「アワウタ」は
フトマニ図の三番目の円にあたる
「アイフヘモヲスシ」から作られているのですが
おふたりの長女ワカヒメは
さらに外側の円にあたる
「ミソフカミ」の32音をもとにして
「ワカノウタ」を考案したのかもしれません。
けれども
「ワカノウタ」だけでは
のちの
「和歌」には成りえなかったようです。
日月を数えて暦を詠み
厄を祓って見目形を整える
蝕まれたところを補修して
蘇えらせるという歌では
まだ足りないようなのです。
ここにさらに
「マワリウタ(回り歌)」と
「ミヤビ(雅)」の要素が加わって
「和歌」が完成したようなのです。
マワリウタ カナサキ編
なかきよの とおのねふりの
ホツマツタヱ 1アヤ
みなめさめ なみのりふねの
おとのよきかな
カナサキ翁(住吉大神)
が考案した回分の歌です。
上から読んでも
下から逆さまに読んでも
同じになるこのような歌を
マワリウタ(回り歌)
といいます。
航海の途中で
風が激しく吹いて波が立ったおり
カナサキは
船を転覆させまいとして
この歌を詠みました。
すると風は止んで
船も快くアワへ着いたそうです。
カナサキといえば船の一族で
亀船という大型船を作った大人物です。
造船にも操船にも優れたカナサキが
歌に頼るしかないほど
海が荒れていたのでしょうか。
まだ幼いワカヒメに
アワウタを教えたのもカナサキでした。
こうしたことから
いまでも住吉大神といえば
和歌の神としても称えられるようです。
ホツマツタヱでは
ワカヒメの「マワリウタ」が
先に書かれており
カナサキの「マワリウタ」は
解説として後から書かれています。
けれども時系列としては
カナサキが作ったものが先にあり
ワカヒメは恩師の歌に着想を得て
みずからも作ったと読み取れますので
今回はそれに合わせて
順番を前後させました。
なぜ歌が「回る」のかといえば
これも日月の巡りに関わるようです。
日は
東から昇って西へ沈んでゆきますが
月は
(同時刻で観察した場合)昇る場所が
西から東へ移動しているように見える
といいます。
東西に進む日に対して
西東に動くように見えるので
「西(ツ)東(キ)」から
「月(ツキ)」と命名されたようです。
東西へ進む日の動きと
西東へ戻る月の動きの
折り返しを「回る」と表現した
のだとぼくは考えました。
31音という歌の音数も
日月の巡りに関わるといいます。
ですから
「マワリウタ」も
「地(ワ)を数(カぞ)える歌」の
一種といえるでしょう。
「アワウタ」は
前半をイサナギが歌い
後半をイサナミが歌ったといわれています。
いわば
ふたりで詠みあう歌であり
返歌を伴う歌であったと考えられます。
けれどもイサナギは
愛するイサナミをうしない
ひとりで
この国を治めてゆかなければならない
という立場となりました。
そこで「ウタ」も
『ひとりで詠むことができるもの』
が求められたのかもしれません。
カナサキはこの命題に対して
陽数の31音をもって
中央で折り返した
回分の歌を作ることで
自己完結型の
ひとりで詠める「ウタ」とした
のではないでしょうか?
長い夜の 深い眠りから
みなが目覚めたのは 波に乗る船の
音がよいからだなあ
カナサキ翁の「マワリウタ」を
直訳するとこのようになります。
ですがここには
「なき」「なみ」が詠みこんであることから
この歌もまた
「イサナギ」「イサナミ」を称える歌
と読むことができます。
「ナカキヨ」は
原初のアメミヲヤからつづく
日本の歴史や君主(皇室)の
「永き世(代)」ことでしょう。
「トオ」は
「十」としたなら
「ヒト(人)」のことでしょうか。
「人」には
「一(ヒ)」から「十(ト)」になるという
「十全」の意味があるといいます。
イサナギの斎名も
「タカヒト」といい
「ヒト」が入っています。
「ネフリ」は
「音振り」とするなら
鐘の音が遠くで十回鳴ったともとれます。
「カナサキ」の名に
「カナ(金)」とあるのも
カナサキが青銅器を
大陸から持ちこんだことに
由来するのではないかと思っています。
34アヤには
出雲フリネの悲しい物語があり
その鎮魂として
「ミカラヌシ」が用いられましたが
これは銅鐸のことと考えられています。
「フリネ」の鎮魂に
銅鐸の音が用いられたのは
カナサキの
「ネフリ」からきているとするならば
「目覚め」とは
復活や再生のことかもしれません。
イサナギもまた
イサナミの鎮魂と再生を願って
鐘(青銅器)の音を鳴らした
のかもしれません。
「メサメ」は復活や再生だけでなく
混乱の世からひとびとが抜け出した
ことでもあるのでしょう。
これは
イサナギ・イサナミが
七代天神に即位したことや
誕生した天照大神が
瞳を開いた(目を覚ました)
ことにも掛かるのでしょう。
「ナミノリ」は
イサナギ・イサナミの法(ノリ)が
行き届いたことでしょうか。
「オトノヨキ」は
ヲシテやアワウタがひとびとに行き通り
言語を中心とした
強固で平穏な国ができたことを
いっているのでしょう。
「カナ」は
この歌が「カナサキ」によって歌われた
ことをあらわすのでしょう。
つまり
イサナギ・イサナミという偉大な統治者によって
治められた国であるのだから
重臣であるわたし(カナサキ)の
行く手をはばむ荒波も
この国の君主に従って鎮まりなさい
といっているのです。
ここで
前回とおなじように
キツサネ(東西南北)
にも目を向けてみます。
この歌には
「キ(東)」「ネ(北)」「サ(南)」
が詠みこまれています。
けれども
「ツ(西)」は詠まれていません。
これはおそらく
歌によって船が無事に目的地へ
「着(ツ)く」ことを願っていたから
なのでしょう。
こうしてみると
歌には「キツサネ」を詠みこむ
という流儀があったのかもしれません。
31音の「マワリウタ」と
32音の「ワカノウタ」という
ふたつのウタに
ワカヒメはさらなる
呪力をこめました。
これにより
いよいよ「ワカ」が誕生します。
マワリウタ ワカヒメ編
きしいこそ つまおみきわに
ホツマツタヱ 1アヤ
ことのねの とこにわきみお
まつそこゐしき
キシヰ(紀州)で
去年お見かけしてから
あなたとともに
琴の音を聞きたいという想いが
ずっと離れません。
わたしはあなたを
玉津宮で待ち焦がれております
さらに
別の訳をするならこうなります。
ここへ来て
ともに暮らしましょう。
夫婦となるため
神酒を交わして祝言をあげ
床に就いて
あなたと融けあう夜を思うと
身体が熱くなってしまうのです
ワカヒメはこの歌を
勅使として訪ねてきた
オモイカネに渡したといいます。
この歌も
「マワリウタ」だったので
返歌をすることもできず
オモイカネは
受け入れるほかなかった
といわれています。
初句の頭には「キ(東)」
二句目の頭には「ツ(西)」
折り返しには「ネ(北)」がありますが
今度は
「サ(南)」がありません。
恩師カナサキは歌の折り返しも
「サ(南)」を詠んでいましたが
ワカヒメは折り返しに
「ネ(北)」を詠んで
対比させているようです。
なぜ「南(サ)」を外しているのか?
それはこの歌が
日の光が届かないような
「心の内に秘めた想い」を
詠んでいるからかもしれません。
「コヰシキ」とは
「恋しき」のことです。
これは
「乞い願う・焦がれる」から
できた言葉といわれます。
ここには
「甑(こしき)」で蒸されたように
身体や胸が熱くなっている状態のことも
含まれているのでしょう。
思うにこの歌は
「恋」という言葉が
はじめて使われた瞬間ではなかったか
と妄想します。
もしそうであれば
大変センセーショナルな歌であった
と思われます。
母イサナミを
火でなくしているワカヒメが
オモイカネに恋するさまを
「焦がるる」と表現しているのは
それほどまでに
思いがあふれてきたからでしょうか。
「あふれる思い」というのは
心の内から「湧き」あがってくるものであり
身の内の熱によって
「沸き」たっているので
もはや
「還せない」思いであり
「覆らない」想いです。
この
「ワ」き「カ」えらない歌
が詠まれたことで
「ワカ」が大成した
のではないでしょうか?
この歌には
ミヤビ(雅)
という言葉が使われています。
とても解釈の難しい
ホツマツタヱ用語なのですが
「心と体を結ぶもの」
というような意味だといいます。
心と体の不調和が続いてしまうと
ひとは体を壊したり
心を病んだりしてしまいます。
ワカヒメはこうした
気持ちのわだかまりを晴らす方法として
「ワカ」を詠んだのかもしれません。
これによってひとは
心の内を照らすことができて
みずからの道も
ひらくことができるようになった
のだとぼくは考えました。
ところで
「返せない」歌とはいいましたが
この歌は厳密には
「マワリウタ」でなかった可能性もあります。
すべての写本においてこの歌は
あえて1文字だけ異なる文字にしている
ようなのです。
「覆せない」のは
心に沸きたった想いのことであって
送った相手からの
返事は求めていたからでしょうか?
そうしたくわしい事情までは
ぼくにはまだよくわかりません。
ですがこの
「1文字違う」ことによって
この歌はすでに
「ワカ(和歌)」だった
のかもしれません。
和歌の隠語
さて歌を贈られた
オモイカネのほうですが
こちらも
状況に流されて受け入れただけ
なのかといえば
そうではないと
いいたいところです。
勅使(ちょくし)のことを
ホツマツタヱでは
サヲシカ(勅使)
というのですが
後世にこれは
牡鹿(をしか)
という隠語となって
和歌に詠まれてゆきます。
秋の奥山で
雌を求めて物憂げに鳴く
牡鹿の姿は
男性の秘めた恋心をあらわす
のに用いられました。
ですから
勅使オモイカネもまた
恋心を秘めていた
と考えたいところです。
ここでもうひとつ
興味深い和歌があります。
百人一首の選者でもある
藤原定家(ふじわらのていか)
の97番歌です。
来ぬ人を まつほの浦の 夕凪に
焼くや藻塩の 身もこがれつつ
松帆(まつほ)の浦といえば
淡路島北端の景勝地であり
ワカヒメもしくは
ヒヨルコを船で流した地
と考えられています。
淡路島には
イサナギの墓所もあることから
「夕凪」とは
「当地でなくなったイサナギ」
をさすのでしょう。
ワカヒメの歌と並べてみれば
「キシ(来し)」に対して
「来ぬ」とはじまっており
「松」に「待つ」の
意味も掛けてあり
「身も焦がれ」で終わることで
「恋しき」という激しい想いを
導いています。
これは
ホツマツタヱを知らなければ
詠めない歌といえますし
ホツマツタヱが
底本(教養)としてあるからこそ
恋心を強く感じられる歌ともいえます。
この歌は
万葉集の歌人である
笠金村(かさのかなむら)
の歌を本歌取りしているといいます。
そちらは対岸の
名寸隅(なきすみ)に暮らす男が
松帆の浦に暮らす女を想う歌でした。
定家はこれに
松帆の浦に暮らす女が
名寸隅に暮らす男に恋する歌を詠んだのです。
「金(カナ)村」の歌をもとにしているのも
意図してのことでしょうか。
さらに深読みをするならば
「藻塩を焼く」とは
「文字を焼く」ということで
焚書のことをいっている
という説もあるようです。
藤原定家もまた
すべてを知るホツマツタヱ歌人であった
といいたいところです。
(つづく)
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