検証ほつまつたゑ
ホツマツタヱ研究の専門同人誌・
『検証ほつまつたゑ よみがえる縄文叙事詩』の
第137号(令和7年2月号)に
掲載していただきました!
本当にいつも
ありがとうございます🥰
今回も
ホツマツタヱをもとにした
『小説』を投稿しています。
天照大神の父母である
イサナギ・イサナミ
を描く連載の第8回です。

↓前回まではこちらにまとめています。

(※当ブログでは掲載にあたり
やや改訂したものを投稿しています)
おふかんつ実 その8
《ホツマツタヱ異文小説》
ワカムスヒ
北山川の泥の谷より東には
匠人たちの村がひらかれていた。
火の匠カグツチが頭となって
あらたに土の匠ハニヤスと
水の匠ミツハメが組まれると
深山を焼いて、田畑をひろげ、水路が築かれた。
山焼きをして得た田畑は
三年と経たないうちに衰えてゆくというソサノヲの過ちを
母イサナミは忘れていなかった。
そこで土をすき清め、温かな肥ゑをくわえて
田畑を若返らせる「ワカムスヒ」の法を生みだした。
土に「肥ゑ」を「くわ」えるため
「声」を聴かせた「桑」を育てることとした。
その実を熟れさせて、時を「越え」て腐らせると
これがよき「肥ゑ」となった。
桑の実はひとが食べることもできるし
桑の葉は蚕を養うこともできる。
これにより糸や絹を結うこともできるようになった。
「ワカムスヒ」の法は
カグツチとハニヤスが担っていた。
彼らはもともと
土を焼いて器を作っていたのだが
焼けたあとの木の灰がまず
土をすき清めることに使われたのだ。
やがて彼らから
桑や蚕を育てるものたちが分かれて
若の匠ワカムスヒが組まれた。
匠たちが暮らすキワ村にはいつも
桑を育てる心地よい歌声が響くこととなった。
村が豊かになると
ひとびとが暮らすための室屋だけでなく
米や麦を蓄える倉や
糸から衣を織るための殿も建てなければならない。
さらには川に橋を架けたり棚を設えたり
窯を組んだりと、やることもおおい。
それらを請け負ったのが
大の匠ウケミクラである。
木を伐って筏を作っていた杣人や
キワ村の匠から組まれたものたちだった。
匠たちの村で栄えた技や術が
まずは紀伊半島の深山にひろがり
ひいてはこの国の
隅々までひろまってゆくこととなる。
けれどもそれは
イサナミがなくなってからあとのことである。
いまはまだ、イサナミによって
「ワカムスヒ」が組まれたばかりのころで
匠たちは力を合わせて
イサナギの願いを叶えようとしていた。
有馬
火の匠カグツチの長であるマフリは
紀伊半島の東の地をあたえられていた。
マフリが暮らすことから
有馬と名づけられたその地は
音無川より北にのびる
御浜の端にあたる。
やや寂れてはいるものの
豊かな海がひろがっているので
細戈千足国の浜で育ったマフリは
困ることもなかった。
ただ、カグツチたちは
北山川沿いの深山をひらくことを任されていたので
海で魚を捕るわけにもいかず
峠を越えて北山川へと出向いていた。
キワ村というのはもともと
北山川で働くマフリや
カグツチたちの仮り住まいとして開かれた村であった。
イサナミはここを
匠たちの村へと変えたのである。
イサナミが籠るクマノ宮から
玉置の川をくだればキワ村まではすぐである。
マフリに会いに行くとき
イサナミの心はいつだって踊っていた。
高窯
朝霧も晴れたばかりの
春の空の日のことである。
匠たちの村に築かれたイサナミの仮宮のまえには
ひとの背丈と同じほどのおおきな筒が伸びていた。
石や土によって固められたその筒は
高き窯であることから高窯といわれていた。
もちろんこれは
空の上にひろがる高天原に掛けてある。
どこまでも熱く火を燃やし
鉄を溶すという願いを掛けた名であった。
「のんびりと行こうや」
火の匠カグツチの長であるマフリが
高窯にあいている下穴に火種をくべる。
よく乾いた生木に火が移り
白い煙があがると
カグツチたちは高窯の頭より
大炭をくべた。
つづいてワカムスヒたちが
高窯の腹より伸びている
八つの臍穴(羽口)に
木の板と動物の皮で作られた
鞴をさして風を送り込んでゆく。
火は炎となって大炭を呑みこむと
さらに勢いを増していった。
そこでミツハメらが
ソサの深山より掘り出した鉄鉱石を高窯へくべる。
またすぐにカグツチらが大炭をくわえて
鉄鉱石を大炭と炎で包みこんでいった。
これを幾度も繰り返して
大炭と鉄鉱石をたんまりと
高窯の頭に食わせていく。
ワカムスヒたちも
鞴の漕ぎ手をつぎつぎと代えて
風を絶やさないようにしていると
炎の柱が立ちあがった。
「いよいよ、ね」
マフリの隣で
真っ白な衣を身にまとったイサナミは
炎のゆらめきに顔を染めていた。
「こげなこと、イサコがせんでもえーからな」
「いいえ、これはわたしがやるべきことよ」
胸に抱いた編み籠の
なかの石をひとつぶ手にすると
イサナミはわが子を慈しむように眺めた。
「炎のなかで、光りを放つという奇しき珠。
蛍石。これはわたしよ、マフリ」
「蛍石の火は、鉄を溶す助けになるからの。
だどもイサコ、すこし思い詰めちょらんかや?」
「わたしいま、とっても良い気持ちよ。
生まれてきて良かったって、ひしひしと感じている」
「そげかの? ほんなら、行ってごさっしゃい」
「ええ、行ってくる」
イサナミが蛍石を入れやすいよう
高窯には大の匠によって橋掛けが組まれた。
階段をのぼり渡し板をゆけば
高窯の筒頭が足元にくる。
ふつふつと湧き上がる炎は
火の山を思わせた。
原見山(富士山)もかつては
火をたたえる山であったらしい。
あの山で見た火の玉が
いまここに繋がっているのかと思うと
それもなんだか夢のような心地がした。
そういえば
マフリが暮らしていた細戈千足国の大山も
もとは火の山だったそうだ。
イサナミは炎の柱に触れるようにして
高窯へ蛍石を注いだ。
じりじりと頬が焼けるような熱さを感じているはずなのに
指先は冷めきっているのかほとんど熱さを感じなかった。
高窯のなかで蛍石が爆ぜている。
はじけた石が高窯より飛びだしてくるさまは
夜空にきらめく星がここから生まれているようだった。
「あっ」
炎の柱に突き出したままの手に
蛍石の欠片が当たった。
じんわりと手のひらに血があふれてくる。
匠たちがどよめき、マフリも声をあげた。
「イサコ、もう、ええ。もどってごしなはい」
カグツチの長マフリの優しい声に
イサナミも振り向いてほほ笑みを返した。
と、そのときである。
ふいに立ちのぼった炎の柱が
おおきな人の手のようにひろがって
イサナミを包み込んだ。
そして火の手はイサナミをつかんだまま
高窯のなかへと還っていった。
「火を消やせ! 高窯を壊がせ!」
マフリの掛け声にわれにかえった匠たちは
すぐさま槌を手にして振りあげる。
『止めてはなりません!』
イサナミの声が、高窯より響いてきた。
『高窯を拉ぐことは、わたしが許しません!』
白き手が、高窯の頭より伸びた。
かと思うと、髪をふりほどいたイサナミが
ずるりずるりと這い出してきた。
どこにも焼けただれた痕がなく
もとのままの美しい姿のままのイサナミだった。
「あぁ、イサコ!
良かった、生きちょうたかや」
高窯よりこぼれ落ちてきたイサナミを抱き留めると
マフリの目には大粒の涙があふれてきた。
けれどもイサナミの目は
マフリではなく高窯をとり囲む匠たちに向けられていた。
「さあ続けてください!
わたしはいま蛍火に乗って
天元の神々に会ってまいりました。
鉄は溶せるのです!
鉄は和せるのです!
もう恐れることはありません」
「そら、本当かや?」
「天元の神と誓いを交わしてきました!
さあ匠たち、手を動かすのです。
火を絶やしてはいけません!」
イサナミの声に戸惑うものもおおくいたが
マフリはすぐさま涙をぬぐうと
「あい、わかった。おまいやち、続けてごせ!」
と叫んだ。
すると匠たちもうなずきあい
ふたたび大炭や鉄鉱石を高窯にくべて
風をおこして炎を立たせはじめた。
「ありがとう、マフリ」
火が昇る高窯を見届けると
イサナミはゆっくりと立ちあがり
仮宮へと足を向けた。
おぼつかない足取りではあったが
その背中にマフリが声を掛けることもできずにいると
イサナミのほうからこう告げた。
「疲れたから、すこし休むわ。
マフリはここで、みんなと一緒にいてあげて。
玉鋼を取り出すところまで、ずっとよ。
そうしたらわたしに見せにきて」
「あぁ、おんぼらと待っちょうてごせ」
顔いっぱいに笑うマフリに
イサコも幸せそうにほほ笑み返すと
またゆっくりと仮宮へ歩いていった。
蛍火
仮宮の広間にてイサナミが横になっていると
戸が開いて女がひとり入ってきた。
女はイサナミの顔をしばし見つめてから
悲しげにつぶやいた。
「あぁ、間に合いませんでしたか……」
「義姉さま、お久しぶりです」
膝をついてうなだれる義姉のココリヒメに
イサナミは横になったまま瞳の奥だけを投げかけた。
「イサコさん。
あなたはもう、なくなっているのですね」
「あら。義姉さまは、わかっておいでなのですね」
ふたりの間に、言葉にはならない時が流れた。
瞳の奥でのみ語り合うような時であった。
やがてその静けさから覚めるように
ココリヒメが言葉を継いだ。
「あなたからいただいた文で、すべてがわかりました。
こうして駆けつけたのは、あなたの義姉としてではなく
ひとりの女としてあなたを愛しく思うからです」
「遠いところを来ていただき、ありがとうございます。
そしてまた、わたしをあわれと思うのなら
どうかお願いがございます」
「わたしはもう、ただの親族ではありません。
血縁の通った姉妹だと思ってください」
「うれしい。わたしの終わりの言葉を
聞いてくださるのがお姉さまで良かった」
「何でも言ってください。
わたしの涙が、あなたの美しいお顔を濡らさないうちに」
ココリヒメの想いを受け留めるように
イサナミはすこしだけ息を整えてから、こう続けた。
「わたしの亡骸は、有馬に納めてくださいませ。
どうかわたしを、マフリのそばで眠らせてください」
「ああ、イサコさん。わかったわ。必ずそうします」
「それから、もうひとつ」
「ええ、ええ」
「わたしの肌は、これからゆっくりと黒ずんでゆくでしょう。
そんな姿をわたしは、マフリやイサナギに
けっして見られたくないのです」
「ええ、ええ。わかっています。
ひとびとはみな、あなたの美しい姿をこそ
ずっと覚えているでしょう」
「あぁ、ありがとうお姉さま」
「ここまでよく頑張りましたね、イサコさん。
さあもう、ゆっくりお休みなさいまし。
あとはすべて、わたしがうまくやりますから」
ココリヒメの言葉に、イサナミもほっとしたのか
そっと目を閉じると、しずかに息をひきとっていった。
イサナミの艶やかな髪をそっと撫でてから
ココリヒメは仮宮の外へ出ると
表戸をかたく閉ざした。
匠たちは、いまだ汗を垂らしながら
高窯の炎を燃やしつづけている。
その炎のなかに、蛍石の光がひとつ
ふわりふわりと蛍のように空へと舞いあがってゆくのを
ココリヒメはずっと見つめていた。
ウケミタマ
大の匠ウケミクラによって
イサナミの姿をかたどった土偶が作られることとなった。
ひとびとはこれを「ウケミタマ」と呼んで
建てられたばかりの倉で祀るようになった。
荒れた紀伊半島をひらいて
ひとびとに実りをもたらしたイサナミの功を称え
それにあやかるためである。
子ソサノヲによる
ひとびとの「欠けを償う」ことで
紀伊半島は拓かれたことから
「ウケミタマ」もどこかひとつ
体を欠けさせてから祀られることとなった。
ウケミタマを納めた倉は
どんなに荒れた土地であっても
翌年には豊かな恵みで満たされていった。
みくまのの みやまぎやくお
ホツマツタヱ 5アヤ
のそかんと うむほのかみの
かぐつちに やかれてまさに
おわるまに うむつちのかみ
はにやすと みづみつはめそ
かくつちと はにやすがうむ
わかむすひ くひはこくわに
ほそはそろ これうけみたま
(つづく)
解説
ヲシテ文献の空白部分を
想像力によって補ってみようという小説企画です。
「異文」としているのはあくまで可能性のひとつということです。
今回は、イサナミが身罷る場面です。
このときに
火のカグツチ・土のハニヤス・水のミツハメ
という自然神が生まれ
カグツチとハニヤスから
ワカムスヒが生まれたといいます。
ホツマツタヱにある
「くひはこくわに ほそはそろ」は
日本書紀の
「此神頭上生蠶與桑 臍中生五穀」にあたり
養蚕や農業などが発展したことをあらわすようです。
これによりひとびとは
食糧の神としてウケミタマを祀った
というのが通説となっています。
出雲の熊野大社の伝承では
出雲で炭焼きを生業としていた有馬氏が
縄文時代に紀ノ国に移住したといわれ
それが現在の
三重県熊野市の有馬の由来
とされているようです。
有馬にある花の窟神社は
イサナミの墓所とされていますが
小説ではここを
火の匠カグツチやマフリが暮らした地
として設定しました。
蛍石(フローライト)は
製鉄のさいの「融剤」として
古代より使われてきたといいます。
蛍石を混ぜておけば
鉄鉱石だけで熱したときよりも
低い温度で鉄が溶けるというのです。
さらに、溶けた鉄の流動性も増して
不純物と分離しやすくなるといいます。
また蛍石は
火であぶると蛍のような光を放ちます。
「ホタル」の語源は
「火足る・火照る・星垂る」などといわれるようですが
内から光(熱)を発するという意味であれば
蛍石という名はまさにその通りといえます。
この蛍石も紀伊半島で産出するらしく
紀和鉱山資料館では
巨大な蛍石が展示されているそうです。
ココリヒメとは、菊理媛尊のことです。
白山比咩神社のご祭神であり
白山信仰とも繋がっています。
ホツマツタヱでは
イサナギの姉(もしくは妹)とされており
イサナミからすると義理の姉妹となっています。
不思議なのはイサナミがなくなったさい
イサナギよりも先にたどり着いていたらしく
ココリヒメが葬儀を取り仕切っていたということです。
イサナギ・イサナミは
ともに紀伊半島にいたはずですが
白山の麓にいるはずのココリヒメが
イサナギより到着がはやいというのも謎のひとつです。
小説ではこの理由を
イサナミがあらかじめ呼んでおいた、としました。
ウケミタマについて
小説ではこれを「土偶」としています。
イサナミに由来するものであり
豊穣祈願の祭祀に用いられたものと解釈しました。
34アヤでは
銅鐸のことを「ミカラヌシ」と呼んでいた
らしき記述もありますから
土偶のことを「ウケミタマ」と呼んでいた
としても、おかしくはないのかなと考えました。
みなさまの研究の一助となれば幸いです。
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