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検証誌145号 おふかんつ実14

検証ほつまつたゑ145号表紙 検証ほつまつたゑ

検証ほつまつたゑ

ホツマツタヱ研究の専門同人誌・
『検証ほつまつたゑ よみがえる縄文叙事詩』

第145号(令和8年6月号)に
掲載していただきました!

本当にいつも
ありがとうございます🥰

今回も
ホツマツタヱをもとにした
『小説』を投稿
しています。

天照大神の父母である
イサナギ・イサナミ
を描く連載の第14回です。

検証ほつまつたゑ145号おふかんつ実14

↓前回まではこちらにまとめています。

おふかんつ実
『検証ほつまつたゑ』に連載している小説「おふかんつ実」の全記事リストです。

おふかんつ実 その14

《ホツマツタヱ異文小説》

玄海

内海うちうみ[瀬戸内海]より
穴戸アナト[関門海峡]の逆巻く水門ミナトを抜ければ

そこはもう
筑紫ツクシ玄海くろのうみ[玄界灘]だ。

潮の境に
くろうみが見えることから
その名がついている。

カナサキの亀船カメフネ
岡津おかのつに立ち寄ると

穴戸を乗りきった
渡海民ワタツミ[水先案内人]を降ろした。

イサナギも渡海民ワタツミを褒めながら
筑紫ツクシ[九州]の民か
葦原アシハラ[山陽地方]の民かと聞けば

すぐ近くの
地島つちのしまに住むという。

「もしや、ツチの一族ウカラか?」

「はい、そうでございます」

「ならばわたしと
 シムの繋がりがあるやもしれん。
 
 わが曾祖父ヒヲヲヂのアメカガミは
 日高見ヒタカミ[東北地方]より南に上って
 筑紫ツクシを治めた。

 そうして
 この地のものと結ばれて
 ツチの一族を生み
 筑紫ツクシの国々を広く治めていったのだ」

「わたしは
 イシコリドメ[石凝姥]
 の孫でございます。

 原見山ハラミヤマ[富士山]で
 真澄鏡マスカガミを勧めたときにも
 側に仕えておりました」

これを聞いて
イサナギはますます嬉しくなった。

「そうだったか! 
 真澄鏡によってわたしたちは
 世継ぎを得ることができた!
 ありがとう、ありがとう」

イサナギが深く頭を下げたので
渡海民ワタツミかしこまって、より深く頭を下げた。

「ところでイシコリドメには
 鏡造カガミツコを任せたはずだが
 あなたは鏡造カガミツコではないのか?」

渡海民ワタツミは、ふむ、と
ひとつ鼻息をしてこう答えた。

「ツチの一族ウカラ
 男は港を治める『津治ツチ』のカミとなり
 女はウツワカタを作る『埴土ツチ』の守となります。

 鏡を鋳造イツクリするときには
 男が青銅カナアヤヤワ
 女がオモテを磨くのです」

る『カガミ』とは
 [男]と[女]がたすけあい
 ミツのようなオモテを作るのか。

 そういえば、イサナミとともに
 紀伊半島ソサの深山を拓いた

 土のタクミハニヤス[埴安女]も
 筑紫ツクシの女であったな」

「ハニヤスメは、わが姉でございます」

「おお、そうか! これはユカリの深い!」

イサナギが親しげに手を打ったので
渡海民ワタツミはまた畏まって頭を下げた。

「わたしは海の上が合っています。

 ツチの男のなかには
 鋳造イツクリ赤土アカツチ[粘土]を運ぶものや
 
 浜辺で玉藻タマモを焼いて
 シホを作るものもおります」

「ツチの男は
 火の扱いにも慣れているのか。

 しかし、海にばかり出ていては
 海の水で心の火も消えてしまうのではないか?」

音無川オトナシカワミソギを終えたイサナギは
ミツ』にそそがれることで
ツミ』を祓った。

それは水により
心に沸く悪しきホノホを消すことでもあった。

悪しアシ』を『引く』ことで
心も清く、潔くなったのである。

だから海の水もまた
ツチの男たちの心を鎮め
火を消すことになるのではと考えたのだ。

しかし渡海民ワタツミの答えは
違うものだった。

「海というのは、なるミツです。

 命を生みウミだすウミには
 アメノミヲヤ[天御祖]の
 ウヰ一息ヒトイキ[人生き]がけております。

 『ウ』の音は、火をあらわします。
 『ウミ』とは『』なる『』なのです。

 海の火を鎮めて固めたものが
 『シホ[静火]』となります。

 ひとがみな
 海の塩を嘗めて生きるのも
 心の火を灯すためなのです」

なるミツ……」

イサナギは言葉を失った。

それはただ
海の火を知った驚きからではない。

このときイサナギは
みずからが追い求めるものの
遠きカゲをつかんだ気がしたのだった。

地島つちのしまを過ぎると
 やや小さな相島あいじまがあります。
 ウオを塩に漬けた四十物アイモノを作る島です。

 那ノ津なかのつ[博多湾]へと導く渡海民ワタツミ
 相島で饗宴ミアエを設けておりますので
 どうぞ筑紫ツクシの海の幸を味わってください」

渡海民ワタツミたちの心尽くしツクシ
イサナギも大いに喜ぶと
つづけてこう返した。

「ありがとう。良ければ、名を聞かせてくれ」

玄海くろのうみのツチのカミカミツチと申します。
 相島では、那ノ津なかのつ渡海民ワタツミである
 ソコツチ[底土]が
 イサナギさまをお待ち申し上げております」

「あひ、わかった。
 曾祖父ヒヲヲヂアメカガミより
 鏡と土を継ぐツチの一族ウカラよ。

 どうかこれからも
 わたしたちをよくたすけ、導いてくれ」

渡海民ワタツミはおおきく息を吸うと
また深く頭を下げた。

筑紫の葦原

内海うちうみとおなじく
筑紫ツクシの浜辺にも葦原アシハラが広がっていた。

秋の玄海くろのうみはまだ穏やかだった。

亀船カメフネに揺られて夢心地ユメココチになっていると
夕日にさわさわと穂綿をなびかせる葦原が
光輝く『飯種イネ』の原へと見えてきた。

あぁ、あれが民の御食ミケとなれば
国も調トトノうだろうに。

そう思うと
イサナギの目にもナンタがあふれてきた。

小戸橘阿波岐宮

小戸橘阿波岐宮ヲトタチハナノアワキミヤは、
那ノ津なかのつ[博多湾]の小戸ヲドにある。

イサナギにとっては筑紫ツクシ行宮ユキミヤであり
イサナミとともに御子のモチキネ[月読]を
産んだ宮でもある。

小高い岬のうえにあるため
那ノ津に浮かぶ島々もよく眺められた。

「ヒヨルコを、ここへ連れてきたかったのだ」

というとイサナギは、すぐ北にある島を指した。

「あれは能古島をのこのしまという。
 淡海アワウミ[琵琶湖]や、淡路アワヂ島とよく似た形をしている。

 はじめて筑紫ツクシに来たときには
 ヒヨルコの御霊ミタマを鎮めるため、そして
 筑紫ツクシの民の心を御祖の教えに留めるため
 能古島にタチハナを植えた。

 それから嫁法トツギノリを行い
 モチキネという男児ヲノコを得た。

 能古島をのこのしまとは
 筑紫ツクシを治めるためのオノコロ島であり
 御祖ミヲヤヲシえをのこした島であり
 男児ヲノコを得た島なのだ」

アワウワヤ、とヒヨルコの声が聞こえた。

姿を見ることはできないが
黄泉ヨモツサカよりともに還ってきた
ヒヨルコの御霊ミタマの温もりは
いまでも近くにある。

「そうだね、能古島をのこのしまにもいずれ渡ろう」

というとイサナギは、指をすこし東にそらした。

「海のうえに、砂子イサコの道が見えるだろう?
 島とクカの間に、橋を掛けて結ぶような。

 那ノ津なかのつを渡る道ということで
 中道なかみちと呼んでいる。

 あれと似たものが
 根国ネノクニ宮津ミヤヅにもあったな。

 まだ切れ切れの道だが
 やがて船を使わずに渡ることができるだろう。
 そしてこの中道を作っているのが……」

イサナギは、指先を南へ向けた。

那ノ津ナカノツへそそぐ那珂川ナカガワだ。

 葦原の広がるの奥に、那珂村なかのむらがある。
 青銅カナアヤの鏡を作る鋳造イツクリの里でもあって
 ツチの一族ウカラが暮らす村だ。

 そもそも青銅というのは
 カナサキ翁が亀船により
 西国ニシノクニ[中国大陸]より持ちかえったもので
 アカカネススをともに――」

アワウワ、と
ヒヨルコのいとうような声が聞こえて
イサナギもふと我にかえる。

「いけない、いけない。つい話が長くなってしまう」

といってイサナギは、つぎに西を指した。

糸島いとしまクカとの狭い水門ミナト
 小戸ヲドという。

 水門の向こうは
 松浦まつら[唐津湾]と通じていて

 西国より来た客人マロヒト
 しばし松浦まつら待つマツこととなる。

 それから許しを得て
 小戸の水門を抜けて
 那ノ津なかのつへと入ってくるのだ」

アワワ、と
ヒヨルコの眠そうな声が聞こえた。

イサナギは手をおろして
那ノ津をひろく眺めた

「ナカノツ、ナカミチ、ナカカワ。
 『ナカ』とつくのはここが
 『ミナカヌシ[御中主]』のユカリの地であるからだ。

 はじめにミナカヌシが拓いたのは
 淡海アワウミ[琵琶湖]のあたりだった。
 それでその地を『ナカクニ』と呼んだ。

 のちにミナカヌシは
 この国の西を定めて『ツクシ[西尽]』とすると

 筑紫を拓くための行宮を
 川奥の岡[安徳台]の上に置いた。

 それでいまでも
 『ナカ』の名が残っている」

…………。
ヒヨルコの声が聞こえなくなった。

「おや、眠ってしまったか。
 ハハハ、語りすぎてウトまれるのは
 宮津ミヤヅの浜から変わっていない。しかし――」

イサナギのひとり語りは終わらなかった。

「畏れおおくもわたしは、
 ミナカヌシとおなじく
 『ヒト』の斎名イミナを名乗っている。

 それならば
 わたしも中子ナカゴを清く保ち
 筑紫ツクシの民に尽くツクすことで

 ミナカヌシへと
 近づくことはできないだろうか」

イサナギはミナカヌシが還ったという
北の空を眺めた。

それはちょうど
能古島をのこのしまの真上と重なる。

「アカハナマ、イキヒニミウク、
 フヌムエケ、ヘネメオコホノ……

 アカハナマ、イキヒニミウク、
 フヌムエケ、ヘネメオコホノ……」

イサナギがひとり、
アワウタのはじめの二十四音を繰り返していると

カナサキが早足に高殿ウテナまで上がってきた。

大殿オオトノ! 大殿オオトノ!」

言葉を急ぐカナサキに
しかしイサナギは取り合わず

「カナサキ翁、ミナカヌシもミソギをしたのだろうか?」

と聞いたので
カナサキも目を丸くして

「はてな? どうでしょう?」

と返した。

「カナサキ翁よ、ひとつ頼みがある。
 歌の道にも通ったカナサキ翁だからこその願いだ」

「おお、それはそれは!
 肝に押しておきましょうぞ!」

イサナギの話にすっかり呑まれてしまい
カナサキはおおきくうなずいた。

女男メヲがともに交わす歌でもなく
 ミコトノリとしての歌でもなく
 星が巡るように回る歌でもなく

 わが心を、
 ひとり明かすための歌はないだろうか?」

「はてさて、それはどのような歌でしょう?」

「わたしにもわからない。
 ただ、禊によって罪を濯いだいま
 暗き心を明かすには歌が良いと思うのだ。

 しかしわたしはイサナミを失ったので
 アワウタを歌いきることができない。

 おなじように何かを失ったものたちが
 その心の暗きに火を灯し
 闇を祓うことができるような
 そんな明るい歌を詠いたいのだ」

「わかりました。
 いずれ考えておきましょうぞ」

「よろしく頼む」

イサナギの穏やかな顔に
カナサキもナンタを誘われそうになったが

イサナギはほほ笑み返して
話を戻した。

「それでカナサキ翁よ、何か報せがあったのでは?」

「そうでした! 
 大殿、西の海より渡ってきた客人マロヒト
 病によりなくなったというのです。

 松浦まつらより、那ノ津なかのつヤカタまで来ていたのですが……

 疫病ヱヤミかもしれず
 大殿をお連れするわけにもいきません」

諸手もろてを腿に打ちつけて悔しがるカナサキを
イサナギは軽く首を振ってなだめた。

「長いこと、待たせてしまったな」

「白きヨネについても
 お伝えできることがあれば良いのですが
 いまはまだ……なにも……」

「ああ。そのことだが、ひとつ思うところがある。
 それを確かめるため
 わたしはふたたび水濯ぎをしようと思っている。

 ミナカヌシも治めたという那珂川ナカガワ
 わが足を清めたなら、それがわかると思うのだ」

「ほう? それはどういう……」

「まずは那珂川ナカガワ
 ツチの一族ウカラに会いにゆくとしよう」

そういうとイサナギは
煙が立ちのぼる那珂川ナカガワの村々を
いまいちど眺め渡した。

那珂川の水濯ぎ

那珂川ナカガワのツチの一族ウカラ「
おおきく三つにわかれていた。

川下の海辺に暮らすものたちは
ウオヲカヰをとり
玉藻たまもを焼いてシホを作っていた。

川中の葦原に暮らすものたちは
ヒヱアワを育て
ウツワカタを作っていた。

川上の山辺に暮らすものたちは
木の実をとり
赤土アカツチを掘り起こしていた。

そして皆でたすけあい
青銅カナアヤ鋳造イツクリする。

川下の村はソコツチ[底土]
川中の村はアカツチ[赤土]
川上の村はイワツチ[磐土]
が村長だった。

白きヨネの話は、すでに那ノ津なかのつにも広まっていた。

稗や粟にかわる、
新たな『飯種イネ』が産まれるかもしれないと
ひとびとも沸きたっている。

しかしイサナギは、民の想いに応えるでもなく
ひとり静かに那珂川ナカガワ水濯ぎミソギ[禊]をはじめた。

秋が暮れ、冬となれば、筑紫ツクシでも寒さは厳しい。
それでもイサナギは水濯ぎをつづけた。

やがて真っ白な雪が積もった。
雪玉をまるめて器に容れれば
白き米が山盛りにつがれているようだった。

春が来た。
イニシエのミナカヌシと
心をひとつにできたのかはよくわからないが
イサナギは水濯ぎミソギを終えた。

それからイサナギは
那珂川なかがわのほとりの広い葦原アシハラへはいってゆくと

足や衣をウビにひたしながら
ひとつひとつ葦を引き抜いていった。

ときには、泥に足とられて尻から落ちた。

アハハハハと大きな声で笑うと
アワウワヤとともに笑うヒヨルコの声が
見守るひとびとの耳にも聞こえるようであった。

幾日もかけて、
葦原をぬかるむウビ平野ひらのにかえてしまうと

イサナギは赤きヨネ稲種イネ
水辺の泥のなかへ、ひとつひとつ、優しく植えていった。

のちいたる つくしあわきの
みそきには なかかわにうむ

ホツマツタヱ 5アヤ

(つづく)

解説

ヲシテ文献の空白部分を
想像力によって補ってみようという小説企画です。

「異文」としているのは
あくまで可能性のひとつということです。

今回は
イサナギによる筑紫の禊のシーンです。

このときに
住吉三神や綿津見三神を生んだ
とされているのですが

何のために彼らが生みだされ
何を行っていたのかなどなど
謎の多いくだりです。

ホツマツタヱにおける「ツクシ」とは
九州全域のことであり
福岡県周辺に限定されるものではありません。

一般的には
宮崎県の江田神社が
イサナギの禊の聖地とされています。

しかし、
福岡県にも同じく禊伝承が残る
小戸大神宮や住吉神社(筑前国一宮)があり

那珂川の上流には
住吉三神の生誕地といわれる
現人あらひと神社もあります。

また中流には、禊の神である
ヤソマガツヒ・オオナオヒ・カンナオヒを祀る
警固けご神社の奥宮もあります。

『魏志倭人伝』によれば
弥生時代の福岡市周辺には
国があり

糸島周辺には
伊都いと国があり

唐津湾周辺には
末盧まつら国があったといいます。

博多湾は奴国の港ですから
那ノ津なのつ』といわれていたようです。

小説ではミナカヌシにからめて
「ナカノツ」としています。

あたりには縄文・弥生遺跡もおおく
那珂川流域では青銅器を鋳造していました。

ほかにも甕棺、鉄器、ガラスなどの
生産拠点となっていたようです。

沿岸部では、製塩も行っていたといいます。

人類が狩猟生活から
農耕生活へと移ってゆくにあたり

食肉や魚貝類より得ていた塩分を
穀物からは摂取することができないため

海から塩を作りだす
製塩によって補う必要がありました。

はじめは
塩分をおおく含む海藻を燃やして
灰とともに利用する
「灰塩」を使っていたといいます。

やがて
塩分濃度をあげた海水を煮焚きして
塩の結晶を取り出すようになります。

こうした製塩に使っていた
「製塩土器」が沿岸部からおおく発掘されるそうです。

塩には、食物の腐敗を防ぎ
長期保存を可能にする性質があります。

米や麦などの穀物とともに
塩を生産できるようになったことで
人類はさらに殖え広がることができた
ともいえます。

住吉三神は
「底筒男・中筒男・表筒男」とされるのですが

日本書紀には
「底土・赤土・磐土」との記述もあります。
やはり土の一族と関わりがあるのでしょう。

小説では、
イサナギの曾祖父アメカガミを
土の一族の始祖としています。

「アメカガミ」という名が
ホツマツタヱにおける「鏡」の初出と考えるなら

青銅の「鏡」以前に
例えば黒曜石を磨いたような
「鏡」があったのかもしれません。

さらに福岡市近郊には
土の神・埴安はにやす命をご祭神とする
地禄ちろく神社が多いことも見逃せません。

みなさまの研究の一助となれば幸いです。

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次号

おふかんつ実 その15 へつづく

全記事リスト

おふかんつ実
『検証ほつまつたゑ』に連載している小説「おふかんつ実」の全記事リストです。

掲載記事紹介

検証ほつまつたゑ掲載記事リスト
ホツマツタヱの研究同人誌『検証ほつまつたゑ~よみがえる縄文叙事詩~』に掲載いただいた記事の全リストです。

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