検証ほつまつたゑ
ホツマツタヱ研究の専門同人誌・
『検証ほつまつたゑ よみがえる縄文叙事詩』の
第144号(令和8年4月号)に
掲載していただきました!
本当にいつも
ありがとうございます🥰
今回も
ホツマツタヱをもとにした
『小説』を投稿しています。
天照大神の父母である
イサナギ・イサナミ
を描く連載の第13回です。

↓前回まではこちらにまとめています。

おふかんつ実 その13
《ホツマツタヱ異文小説》
内海
淡路島と四国にはさまれた
阿波の水門[鳴門海峡]には
大渦が巻いている。
カナサキが潮目を読んで
泡立つ水門へ舵をひけば
亀船はくるりくるりと回りながら
勢いよく内海へと入った。
イサナギの耳には
アワウワヤ、と喜ぶヒヨルコの声が聞こえた。
淡路といえば
ヒヨルコを葦船で流した島であるが
回る亀船のなかにいれば
イサナギもまた流されているような心地がした。
「やぁ、うまくいきましたな!
淡路島の水門は、北も南も浪が速いのですが
ことに南は、時ごとに潮の流れも変わる灘でございます。
わが一族も、月にひとつふたつは船が破れておりますぞ」
カナサキはそういうと
口を大きく開けて笑った。
「越国の荒れ馬を思い出した。
むかし根国で、豊受大神より乗馬法を教わったときには
いくたびも振り落とされたものだ」
「いやはや、大殿はたくましくなられました」
「わたしはただ、成すべきことを、成すだけだ」
イサナギは船の舳に立ち
内海の島々を眺めた。
ヒヨルコの御霊とともにアワ国を巡る
それがイサナギにとっての成すべきことであった。
「これよりは、海底の岩礁もおおくなります。
ですから、潮の満干を読む『渡海[船頭・水先人]』に
舵をゆずろうかと」
「それは、船を導くもの、ということか?」
「わたしも船霊と称えられてはおりますが
海の底まですべてを知り尽くしているわけではございません。
生まれた国に親しみ、海の底までよく知るものたちに任せれば
大殿も心安くいられるでしょう」
イサナギはうなづきながら、こう返した。
「黄泉の境で『チカエシノカミ』となったわたしには
『ミチヒキ』が欲しかったところだ。
よし、渡海の守にわが命をゆだねよう」
「ありがとうございます」
水門の大渦が嘘のように
内海は穏やかだった。
亀船を漕ぐ櫂の、きいきいと軋む音が
海鳥のように波間を越えてゆく。
安曇
ふと、イサナギが指をさした。
高山のそびえる島が
霞の向こうにうっすらとあらわれてくる。
「あれは小豆島だったかな?」
「ええ、その通りです。
いまは休火山ですが、かつては火山であり
熱き湯の湧く島から、そう呼ばれております」
「暖かな島だろうな。住むものはあるのか?」
「わが一族の得た姓である
安曇のものたちが治めております」
「淡路のそばにも、安曇があるのか!
嬉しいことだ」
「淡海[琵琶湖]の安曇川といえば
わが一族の郷でもありますからな」
「小豆島は、安曇の島であったか」
イサナギにとっても
安曇は縁の深いものだった。
世継ぎ御子の天照大神を育てた
淡海宮[多賀大社]では
向こう岸の安曇川のものたちが
よく仕えてくれた。
二代天神の世には
ヱの尊に代わってトの尊が国を治めるようになったが
カナサキをはじめ安曇のものたちは
ヱの尊の末裔にあたる。
かれらは船に乗り
江[湾港]を治めることで
トの世にも仕えてきた。
カナサキのことを
『住江の翁』と呼ぶのも
河内湾を治めるからというだけでなく
ヱの尊の末裔でもあるからだった。
そんな兄の末裔と、弟の末裔とは
ともに手を取り合ってきた。
トの尊の教えには
もし兄の民と争うことがあれば、よく話しあい
弟から償うことで和しあうのだと伝えられている。
しかし六代天神の世に
トの世継ぎが絶えてしまった。
そこでイサナギとイサナミを結び合わせて
七代天神を継がせたのだ。
イサナギはトの家督を継ぐとはいえ
ふたりはともにタの尊の末裔にあたる。
ヱの末裔である安曇川のものたちが
タの末裔まで受け入れるのかは、わからなかった。
イサナギとイサナミはトの尊の教えに従い
まだ幼き御子を連れて安曇川へと渡った。
すると郷のものたちは
饗宴をして迎えてくれたのだ。
これにより安曇は
七代天神にも仕えることとなった。
アワの国
「わたしたちが国の名を『アワ』としたのも
淡海と淡路島の形による。
ふたつは瓜を割ったように形が良く似ていることから
これを天地の『天地』として『淡』の名をつけたのだ。
モトアケ[フトマニ図]の中座にある
『ア(ア)』と『ワ(ワ)』の姿がこれにあたる」
ヒヨルコにもわかるように
イサナギは船板に指でくるりくるりとアとワの渦を描いた。
つづけて、淡路島と淡海の形も、手で教えてゆく。
「勾玉の形とも、よく似てるだろう?
あれも、淡海と淡路島から取ったのだ」
「そうして大殿と御前は、三弦琴を打ちながら
おふたりで作られた『アワウタ』を歌い
国々を巡られました」
「アワウタが通い、民の言葉も調ったことで
国の名もあらたに『アワ国』とした」
「アワの国。なんと良き響きでしょう。
心の底まで洗われるようですな! アッハッハッハ」
いつしかカナサキも、
目に見えないヒヨルコの御霊に語りかけるように
笑顔となっていた。
「うーむ……しかし、なあ」
静かな海と、雲ひとつない空とを
ともに眺めれていれば
ふたつの境は淡く溶けてゆくようで
そのまま夢心地にさそわれて眠ってしまいそうになった。
ひと昔まえのイサナギならば
眉を寄せて頭を悩ませていただろう。
けれどもいまは、ヒヨルコとともに筑紫へゆけば
きっと道も開けるだろうという確かな思いがあり
なぜだか心も軽かった。
「アワ国という名には、もうひとつ。
民の御食として『粟』を勧めたことにもよる」
「それは初日[元旦]に餅とする
あの粟でしょうか?」
「餅をつき、満月のように丸くしてから
天地の敬いとする、あの粟だ」
「粟でしたら、すでに広まっております。
大殿が憂うことなどありません!」
「民の御食を憂うのは、天神の務めでもある。
それにこれは、粟に限ったことではない。
『飯の種』とされている『稲』のことである」
「ほう、どうかお聞かせください」
カナサキはあぐらを組むと
稲穂のように頭を垂れた。
イサナギは唇を湿らせようと
そっと舌先でなめると、ほのかに潮の味がした。
稲と飯種
「アワウタにはじまる
『五音七名道[五七調]』というのは
七つの名をもつ『稲(飯種/五音)』の
使い道を教えるものでもあった。
その七つというのは
葦・茅・稗・粟・黍・麦・米である」
「はて、これらはどう違うのでしょう。
翁だけでなく、ヒヨルコ姫にもわかるよう
お教えくださいませ」
「葦は、食べ悪き稲で、御食にはならない。
水辺に生えており、足が水に浸っている。
たばねて船を編むこともできるが
これは悪しきを祓って良とする船であり
筏に使ってはならない」
「内海の北は、葦原の国[山陽地方]といわれており
葦の原がひろがっております」
「古の世には、豊かな海が満ちており
民は魚や貝を得ることができた。
また山からは、椎や樫の実を採ってきた。
初代天神クニトコタチは
『栗』を勧めたので、民はこれを植え育てた。
しかし、時を経て地球が冷えてゆくと、
海は干き、御食の採れない葦原がひろがっていった。
山の木も、実をつけなくなり
民の御食はおおいに減った!」
「代々の天神も、心を尽くしておられたのですな」
「そこで見つけたのが『稲(飯種)』である。
しかし稲には多くの種があるので、
良し悪しを見分けなければならない。だから――」
「五音七名道により、教えようとなされた!」
ごうん、ごうん。ごうん、ごうん。
亀船の青銅の鐘が撞かれた。
良き音色に聴き入っていると、カナサキが
「小豆島より、渡海の船がこちらに向かっているのでしょう。
どうぞ、続きを」
といったので、
イサナギも目を細めて遠くの海を眺めてみたが
よくわからなかった。
「茅は、陸に生える葦なので、これも御食にはならない。
しかし雨には強く、日光を受ける屋根に良きことから
これを『カヤ』という」
「『稲』といえども、
葦と茅は食べられない、ということですなぁ」
「稗は、御食となる。
冷た土を好むことから『ヒエ』という。
東の日高見国でもよく育つ」
「淡海の山間でも、稗はよく見かけます」
「粟は、御食となる。
泡のような実をつけ、水をよく含むため
稗よりも柔らかで、粒もおおきく、なにより旨い。
アワ国の田では粟がよく育つので
わたしたちは民の『稲』として『粟』を勧めた」
「イサナギ殿のお父上にあたる
アワナギさまも根の国に粟をひろめられておられました」
「四国の伊予では、従兄のイヨツヒコに乞われて
新たに阿波の名を許したが、このときにも
粟を植えることを勧めておいた」
「今日の宿は、その阿波宮ですぞ。
イヨツヒコさま、改めアワツヒコさまがお待ちになっております」
イサナギはほほ笑み返して
さらに話を続ける。
「黍も御食となる。
粟よりも黄が強く、ヒの尊が来たという
吉備で見つかったから『キビ』という。
水をよく含んだ実であり、粟よりも旨い。
しかし水に弱くて腐りやすいので、常の御食には向かない」
「水の多いものは、長く保つことができません」
「稗・粟・黍は御食になるとはいえ、
葦の友でもあるので
食べるときには灰汁を抜かねばならない」
「なあに、水にひたして、灰汁を濯げばよいのです」
「麦も御食となる。これには大小の違いはあるが、
灰汁はほぼなく、水も含まないので長く保つことができる。
沢山に穫れるので生産向という。
しかし水に弱く、乾いた土を好むので
葦原のひろがるアワ国では育て難い」
「麦の粥は、わたしも好みですぞ」
「米も御食となる。
灰汁もなく、長く保つこともできて、水にも強い。
良き種であるから『ヨネ』という。
しかし、おおくは育てられない。
また火が強く、山焼きの畑を好むため
赤と白が混じった色をしている」
「畏き、赤白の米でしたな」
「天御祖神に捧げる御饌は
赤白の米と、黄の黍を結い合わせたもので
これを『炊夕餉』という。
『炊ぐ』というのも
『赤白黄』の御饌を作ることからきているのだ」
カナサキはこれを聞いて深くうなづくと
涙を流すまいとして、空を見上げた。
「御前は山焼きによって田をひろげ、
赤白の米を育てていたと聞いております」
「民の御食を整えるのは、天神の務めである。
三代天神の世より『稲』はウケモチの守が担い
より良き『飯種』を求めて、種を改めてきた」
「ウケモチさまが居られるオキツボの山背は
『稲』がどれもよく育ちますから」
「五音七名道というのは
七つの稲のうち、五つが御食となることを示している。
また稲は、
火と水で炊ぐことで食べられるようになるが
そのままでは食べることができない。
だから稲は『否』ともいう。
これを『五七』であらわしたのだ。
またこれはイサナギとイサナミの『イナ』からも取ってある。
わたしたちも天神として、民の御食を増やそうとしてきたのだ」
ごうん、ごうん。
ふたたび、亀船の鐘が撞かれた。
「そうでした大殿!
お見せしたいものがあったのです」
カナサキは袂より麻の袋を取りだすと、掌に開けた。
すると真っ白な『飯種』が、雪山のように積み上がった。
「なんだ、これは!」
イサナギは白き粒を指でつまむと、
鼻先に近づけて、ふたつの眼でじっくりと眺めた。
「米のようだが、赤くない!
白き粒だけを集めた? わけではないな。
粒も大きく、形もそろっている。
かたく乾いているので、長く保つこともできそうだ!」
「西の海より、客人が持って参りました」
「この『飯種』は、どうやって作ったのだ!」
「わたしは託されただけです。
筑紫へゆけば、すべてがわかるでしょう」
「いやこれは……火を鎮め……灰汁……水……」
イサナギは白き米を見つめながら
ぶつぶつと泡のような独り言をくり返した。
ごうん、ごうん。
またしても鐘が撞かれたので、カナサキが海を見やれば
水面より潮が吹きあがった。
「わぁ、殿! ヱビスでございます!」
カナサキが声をあげると、
大きな黒い背をすこし見せてから
双葉のような尾がせり上がり、波を打った。
穏やかな内海をゆらゆらと激しく波立たせて
鯨は西のほうへと消えていった。
(つづく)
解説
ヲシテ文献の空白部分を
想像力によって補ってみようという小説企画です。
「異文」としているのは
あくまで可能性のひとつということです。
今回は、ホツマツタヱには描かれていないシーンです。
亀船で筑紫に向かう
イサナギとカナサキ(住吉大神)が
稲などの穀物について話しています。
日本書紀には
黄泉から還ったイサナギが禊をするさい
『粟門』と『速吸名門』を見たけれど
流れが速すぎたので『橘之小門』にしたとあります。
さらに日本書紀では、
これに続く一書に保食神が登場しており
『粟稗麦豆』を陸田(畑)の種として
『稲』を水田の種としたとあります。
ホツマツタヱにおいても
イサナギの禊から水稲栽培に至るという流れがあるようですが
歌枕の解説とともに怒涛のように展開されるので
よくわかりません。
そもそもなぜ、
紀伊半島のモトツミヤ(熊野本宮)での禊から
はるばる筑紫(九州)へと場所をかえて
さらなる禊を行ったのでしょう?
水稲栽培は、
紀元前十世紀ごろに大陸から伝わったとされています。
福岡県の板付遺跡や
佐賀県の菜畑遺跡が最古級として知られていますが
やはり筑紫です。
ただこれは水稲栽培にかぎったことですから、
陸で育てる陸稲はすでにあったかもしれません。
イネ科の作物でいうと
粟や稗は縄文時代前期から
大麦や小麦は縄文時代後期から
国内で食べられていたようです。
稲や黍は、それにすこし遅れて
「入ってきた」というのが考古学的な見解です。
稲というのは、とても特殊な作物といえます。
そもそも、
根本が水に浸かった状態でも成長する作物は他にありません。
ですから水田では
稲だけを育てることができて、雑草対策にもなります。
また、川から山の養分が供給されるので、
焼き畑農業のように地力を吸い尽くしながら転々とすることもなく
定住して連作ができます。
たくさんの実を収穫することができて
長期保存も可能であり、灰汁もほとんどないので、
窯で炊けばすぐに食べることができます。
まさに人が食べるために存在するような
理想的な作物なのです。
ですがこれも
「水田で育つ」ということを知っているからいえることであって
これを知らなければ、
痩せた地でも育つ稗や、日本の気候にも適した粟を
陸田で育てたほうが食糧として有用だったのでしょう。
ホツマツタヱには「稗」の用法はなく
「粟」の用法はとても少ないのですが
「ヒヱ」や「アワ」という言葉は何度も出てきます。
そうした言葉の裏に、
食物のことが詠み込まれていると考えました。
小説の設定上
イサナギの時代も紀元前十世紀ごろとしています。
大陸では殷王朝が滅亡する前後です。
みなさまの研究の一助となれば幸いです。
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