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検証誌136号 おふかんつ実7

検証ほつまつたゑ136号表紙検証ほつまつたゑ

検証ほつまつたゑ

ホツマツタヱ研究の専門同人誌・
『検証ほつまつたゑ よみがえる縄文叙事詩』

第136号(令和6年12月号)に
掲載していただきました!

本当にいつも
ありがとうございます🥰

今回も
ホツマツタヱをもとにした
『小説』を投稿
しています。

天照大神の父母である
イサナギ・イサナミ
を描く連載の第7回です。

検証ほつまつたゑ136号 おふかんつ実7

↓前回まではこちらにまとめています。

おふかんつ実
『検証ほつまつたゑ』に連載している 小説「おふかんつ実」の全記事リストです。

(※当ブログでは掲載にあたり
やや改訂したものを投稿しています)

おふかんつ実 その7

《ホツマツタヱ異文小説》

泥の谷

渡りの床をはたはたと鳴らしながら
侍女アオメがひとり宮居を駆けてゆく。

山深き森のなかにあるため
宮居には垣を巡らせて獣除けとしているのだが

それゆえに垣内はとても静かであり
床板を軋ませる足音がよく耳にこだまする。

「またこちらに居らしたのですね、若さま」

侍女の飛び込んだうす暗い室屋ムロヤには棚が設けてあり
いくつもの玉文ヲシテが収められていた。

ヒサシより漏れる明かりを頼るように
窓辺の棚板に玉文をひろげたソサノヲは
侍女を振り返るでもなくこたえる。

「騒がしいな。床が減るぞ」

「あっ、わたしったら。ついあわててしまって」

侍女は頬を赤らめると、両手で顔を覆ってしまった。

「母上が戻られたのか?」

「い、いえ、そうではなくて」

侍女が恥じらうのは、音を立てたからではない。

まだ声変わりもしていないソサノヲの琴のように澄んだ声。
文にひたむく横顔も笹百合のように艶やかで
部屋にはどこか橘の香りまでたちこめていた。

『ハナキネ』という斎名ヰミナにふさわしいその姿に
侍女もつい心奪われてしまうのだった。

「熊野宮を空けられてから、もう5日ほどだろうか。
 そろそろ戻られてもよいころだと思うが
 母上はまだ帰らないのだろうか」

「イサナミさまは北山川きたやまかわどろの谷にいっておられますから
 もうしばらく掛かるかと」

「泥の谷ということは
 キワ紀和村の仮宮で過ごされているのか」

「ええ。拓かれたばかりの村ですから
 足りないものも多いでしょうが」

「あれは匠人タクミたちの村だから、すぐに良くなるだろう。
 火の匠カグツチが山焼きをして拓いた野を
 田畑にならして、水路をひくため
 あらたに土の匠ハニヤスと、水の匠ミツハメを組んだのだ。

 天地アメツチのはじめに、ウビからハニミツと分けたという御祖神アメミヲヤにならって
 土と水の匠を生んだ地を『泥の谷』と名づけたらしい。

 紀伊半島ソサの開拓もいよいよおわりを迎えているらしく
 さいごに拓かれた村ということで『キワ』村にしたと
 母上から聞いている」

「はあ、そうでしたか」

「父上にいわせれば
 北上川では赤金アカカネ(銅)が採れるからでもあるんだろうな。
 赤金は泥のあるところで採れるそうだから」

「はあ、そうなのですね」

年若いソサノヲの声を
侍女は琴の調べのように聴いているので
つい聞き惚れてしまって
言葉の内まで深く味わうこともできないでいた。

「ハヤタマ、聞いているのか?」

素っ気ない返事をする侍女に
ソサノヲも玉文から目を離して振り返る。

黒曜石ヌバタマを埋めたような黒い瞳に戸口の光が差し込むと
夜空のように煌めいて、侍女は吸い込まれそうになった。

が、よく見れば、夜の闇が瞳から飛びだして
笹百合のようなソサノヲの顔にシミを残していた。

「若さま、お顔に泥がついています」

「ん?」

「右の目の、下あたりに」

ソサノヲが手の甲でぬぐうと
闇は筋をえがいて鼻先まで線を描いた。

手の甲だけでなく指先にもべったりと染みついている闇をみて
ソサノヲは「ああ」といった。

「何を、なさっていたのです?」

ソサノヲの顔を汚しているものが泥ではないとわかって
侍女はそろりそろりと窓辺へと近づいた。
そうしてソサノヲが棚板にひろげているものをみた。

玉文のとなりには同じく布のように敷かれた
木の皮が石で留められていた。

玉文に染められている文字ヲシテ
ソサノヲは木の皮に写し取っていたのだった。

「高山に育つ白木の皮を剥いてきた。
 玉文を染める衣のように採ることができるからシラカワ白樺という。
 玉文を読むだけではどうにも覚えることができなくて
 同じように押手ヲシテで染めることで
 御祖神アメミヲヤの心に触れることはできないかと試していたのだ」

「良いのですか? そんなことをして」

「ここに収めてある玉文も
 いずれは誰かが写して残してゆかねばならないのだ。
 玉文はここに置いておくしかないのだから
 ここで写す他にないではないか」

「そうではなくて
 イサナミさまは知っているのかと聞いているのです」

「聞きたくても、母上は帰ってこない」

「もうすぐ戻られます」

「もうしばらく掛かると言ったじゃないか」

「いいえ。すぐに戻られます」

「わたしは待っていられない!」

すぐに気が高ぶってしまう、というのは
ソサノヲが生まれついてのクセである。

顔を歪ませ、毛を逆立てはするものの
心根は優しいソサノヲは
物に当たったり、人に手をあげたりはしない。

「若さまはどうして、事を急ぐのですか?」

「はやく兄上のようになりたいのだ。
 そうすれば母上をこんなところに留め置かずに済む。
 これはすべて、わたしのせいなのだ」

肩で息するソサノヲを、侍女はなだめるようにいう。

シキマキ

「『シキマキ』のことは気にするなと
 イサナミさまもおっしゃっていました」

「気にするなといっても、気になってしまう。
 あれはただ、土の肥えが足らなかったのだ」

「ええ、わかっています」

「時節をかんがみて二度種を植えれば
 おなじ田畑からでも年のうちに二度収穫ができる。

 ただし、山焼きで得た田畑は年ごとに衰えてゆくから
 初年もしくは二年目の田畑でだけ行うようにと触れていたのだ。

 けれども山の民はすべての田畑で『シキマキ』を行い
 ことごとく潰してしまった」

「若さまが民を思ってノリいたことは、よくわかっています。
 ですからイサナミさまも気にするなとおっしゃっていたのです」

「どのみち山焼きで得た田畑は
 幾年もしないうちに土の肥えを失い、山へ戻すしかなくなる。
 山焼きを繰り返しながら深山を移ってゆけば、村もまた育たない。

 だからこそ、拓いた田畑に肥えを足して
 山に戻さなくてすむようなノリを見つけなくてはならない」

「それは天地アメツチの神々がなさることです」

「それを乗り越えるのが、カミの務めだ」

「お気持ちはわかります」

「気持ちだけでは、どうにもならん!」

「そうはいっても、できないことはあるんです!」

「それでも、母上のために成さねばならん!」

「なりません!」

声を荒げながらも、目には涙を浮かべている侍女に
ソサノヲもやや我に返ると、すまなさそうに背を向けた。

「だからこうして、天神アマカミの残した玉文ヲシテに立ち返り
 なにか良き考えがないものかと探していたのだ」

ソサノヲが和らいだので
侍女もまた我に返ると、そっと涙をぬぐった。

「すみません、言い過ぎました」

「いや、ハヤタマは悪くない。
 悪いのはいつも、わたしのほうだ」

「そんなこと――」

大炭

「それよりも、ほら見てくれ。
 白樺ではあるが、よく染まっていると思わないか?」

庇のもとにあれど、まだ乾ききらない玉文の写しを
ソサノヲは侍女へと差しだした。

ソサノヲの瞳と同じく夜の闇のように輝いたヲシテが
いまにも動き出しそうに染められている。

「若さま、これ・・は、何を使って染められたのですか?」

「母上が持ち帰られた大炭クマを砕いたものに
 ウルシを練り合わせた。よくできているだろう?」

さきほどとはうって変わって
頬に窪まで作ってソサノヲはにこ笑んだ。

しかし侍女のほうは
ふたたび顔を曇らせてしまった。

「あの、若さま、言いにくいのですが……」

「どうした、なんでも言ってくれ」

「これは……違います……」

「うん? なにが違うのだ?」

「色が、違っています……
 玉文は赤で染めるものでございます。

 若さまが使っておられるのは夜のような黒です。
 この色で、ヲシテを染めてはなりません」

ソサノヲの顔から、笑みが消えてゆく。

侍女の手から奪うように白樺の玉文を取り返すと
棚板にひろげた玉文と並べて、じいっと交互に見比べてゆく。

「わたしには……同じに見える……」

「はい……」

「わたしは、色の見え方がひとと違うのだ……
 ハヤタマ、これもまた異なる色なのか?」

「はい。ほのぼのと明ける朝日のアカ
 黒曜石ヌバタマのような夜のクロは、相いれない色です」

「わたしには……同じに見える……」

歯噛みして、それでも成すすべなく
ソサノヲはその場にへたり込んでしまった。

侍女も今度ばかりはソサノヲをいたわり
そっと背中をさすってやる。

すると――

『まあ、男の子が情けない』

玉文を置いておく玉置たまおきの室屋に
母イサナミとよく似た声が響いた。

熊野宮

「あっ、ワカヒルメさま」

室屋の戸口には
木綿ユウの衣の裾を朱砂すさで染めたワカヒルメが立っていた。

「広間で待っていたのですが、まったく出てこないので
 こちらから来てしまいました」

「すみません、若さまにお伝えしようとしていたのに
 わたしったらすっかり忘れていました」

「そうだと思った。そうゆうところも、父親ゆずりなのでしょうね。
 さあ、向こうであなたのお父さま
 ハヤタマノヲが待っていますから、いってらっしゃいな」

「え、いいのですか?」

「わたしはハナキネソサノヲに話があります」

「あい、わかりました」

そういうと侍女は室屋をでて、渡りを下がっていった。
かわりにワカヒルメが、室屋へと入ってくる。

熊野宮クマノミヤふもとに築かれたモトミヤでは
 お父さまがあなたたちの帰りを待っているのです。
 あなたがそんなことでは
 いつまで経っても熊野宮を出ることはできませんよ」

「姉上、わたしは……」

「あなたは、お父さまイサナギワカヒト天照大神のようなカミになるのですから
 気を落としてはなりません」

「姉上の衣も、赤なのでしょうか?」

というイロは、心で感じるものです。
 目で見るものではありません」

「姉上が首からさげている玉も、でしょうか?」

「4代天神アマカミよりつづく妹背ヰモセの道を教えるために
 丹心ニココロがあるのです。
 あなたもいずれ、イツクしむ人ができればわかります」

「色がわからないわたしに、心がわかるでしょうか?」

息も絶え絶えなソサノヲに
ワカヒルメは呆れることなく諭してゆく。

「お母さまがなぜここに熊野宮を築いたのか
 あなたは知っていますか?」

「かなたのうみが、見渡せるからでしょうか?」

「あなたを生みうみ育てるために
 ここに世継ぎの社を築いたのです。

 わたしたちのお祖父さまである豊受大神トヨケノカミ
 ワカヒト天照大神が生まれることを願って禊を行い
 世継ぎのヤシロを築きました。

 それにならってお母さまも
 みずから禊をおこない社を築いたのです。

 そして社の名もお祖父さまの名にあやかって
 『タマキ』の社としました。

 そのお母さまの御心が、ここに宿っているのです」

「母上が、わたしのために」

「あなたほどお母さまに愛されている子はいないのです。
 さあハナキネ、立ちなさい!」

 叱りつける姉に、しかし弟は動けずにいた。

「わたしはもう、ほとほと疲れました。
 何をしても上手くゆかないのです。
 ならばもう、立ちあがらないほうが
 ひとびとのためではないでしょうか」

「何を言うのですか!
 いつまでも甘えるのは、わたしが許しません!
 さあ立ちなさい! 立つのです!」

「あっ、ちょっと……あ、姉上!」

ワカヒルメに力づくで引っ張られて
ソサノヲはしおしおと立ち上がった。

「あなたは荒地のソサで産まれた男の子でしょう。
 だったら何があっても、くじけてはなりません」

「いけません、なりませんは、聞き飽きました!」

「それでもわたしは、やめません!」

「姉上は厳しすぎます!」

「いくら恨まれたっていいのです」

「すこしは認めてくださいませ!」

「あなたは大きなものを背負うているのです。
 それに耐えなければならないのです」

「わたしは! ……わたしは……」

すこしも譲らない姉に、ソサノヲも次の言葉が出ないでいると
ふいに戸外が騒がしくなった。

それからすぐに、渡りの床をどんどんと大きく鳴らしながら
コトサカノヲが室屋に飛び込んできた。

「おお、おお! イサナミさまが!」

ソサ紀伊の深山に、コトサカノヲの泣き叫ぶ声が、幾重もこだましていった。

(つづく)

解説

ヲシテ文献の空白部分を
想像力によって補ってみようという小説企画です。
「異文」としているのはあくまで可能性のひとつということです。

今回は、熊野宮クマノミヤです。

ソサノヲが荒れたのは、母親の「クマ」のせいだとして
母・イサナミが、子・ソサノヲとともに籠ったといわれる宮です。

小説では、玉置たまき神社の地としています。
玉置山の山頂にあり、熊野三山の奥の院ともいわれる神社です。

イサナギの元宮モトツミヤは、熊野本宮くまのほんぐう大社としています。
父・イサナギは妻子と離れながらも
玉置山にもほどちかい川合の地に暮らしていたのでしょう。

玉置山の東を流れる北上川には
瀞峡どろきょうがひろがっています。

このあたりは紀和きわ町というのですが
ここにもうひとつ、別の玉置山があります。

元玉置や裏玉置といわれており
山中にはイサナミを祀る元玉置もとたまき神社と
その遥拝所があるそうです。

今回はここをイサナミが開拓した地、もしくは
イサナミ終焉の地としました。

峠を越えれば、イサナミの墓所といわれる
はないわや神社もそう遠くはありません。

さて往古のヲシテ文献は
どのような素材
どのような道具や染料をもって
書かれていたのでしょう?

筆記媒体の歴史をみると
石や骨、木の葉や皮や板、粘土板、
パピルス(植物の繊維)、羊皮紙(動物の皮)
などが出てきます。

紙の登場は、紀元前2世紀ごろといわれ
はじめは麻が用いられたようです。

のちに
からむしこうぞかじ)・くわ雁皮がんぴ三椏みつまた
などが使われたといいます。

筆記具の歴史は、指や木の棒にはじまり
西洋では、葦や羽根のペン(硬筆)となり
東洋では、動物の毛を束ねる毛筆となったようです。

染料の歴史は、洞窟の壁画まで遡ります。
鉱物としては、黄土おうど弁柄べんがら
植物では、あかねあかねむらさき
動物では、貝紫かいむらさき臙脂虫えんじむしなど
さまざまなものがあります。

文字を書くインクは、すみがはじまりのようです。
すすなどの粉末に、接着剤として
にかわうるしを混ぜたものが使われたといいます。

さらに、黒墨と朱墨は
同時期にあらわれたともいうようです。

ホツマツタヱには機織りの記述もあることから
筆記媒体には「布」が用いられたことでしょう。

またヲシテは「染める」といいますから
染料が使われていたのでしょう。

「入れ墨」の用例もあるので、墨はあったようですが
これは罪人に入れるものでした。

煤暗ススクラ」や「クマ」の用例からも
黒は縁起の悪い色だったといえそうです。

神社の御朱印には赤が使われるように
往古のヲシテ文献は赤色で染められていたのかもしれません。

ソサノヲの色覚異常については、小説上の設定です。
ホツマツタヱには典拠がありません。
いかなる他意もないことだけは、明記しておきます。

みなさまの研究の一助になれば幸いです。

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