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検証誌134号 おふかんつ実6

検証ほつまつたゑ134号表紙検証ほつまつたゑ

検証ほつまつたゑ

ホツマツタヱ研究の専門同人誌・
『検証ほつまつたゑ よみがえる縄文叙事詩』

第134号(令和6年8月号)に
掲載していただきました!

本当にいつも
ありがとうございます🥰

今回も
ホツマツタヱをもとにした
『小説』を投稿
しています。

天照大神の父母である
イサナギ・イサナミ
を描く連載の第6回です。

検証ほつまつたゑ134号小説おふかんつ実その6

↓前回まではこちらにまとめています。

おふかんつ実
『検証ほつまつたゑ』に連載している 小説「おふかんつ実」の全記事リストです。

(※当ブログでは掲載にあたり
やや改訂したものを投稿しています)

おふかんつ実 その6

《ホツマツタヱ異文小説》

ミヤマ

紀州キシヰ高野タカノ宮より東を眺めれば
いくつもの峰が高垣のように連なっている。

大峰おおみねのなかでもとりわけ高い山は
ひとびとから弥山ミヤマと称えられていた。

ソサ(紀伊半島)だけでなく
アワ国(近畿地方)においてもっとも高い山であるという。

アワ国の原見山ハラミヤマ(富士山)ともいえる弥山に
イサナギ・イサナミは社を築くことにした。

これによりソサの荒れ野にも
天神アマカミノリを通したことになる。

高野宮より東へサカを越えれば
弥山より落ちくだる川へと行きあたった。

これをさかのぼることで
山頂まで至ることができたので
天ノ川あまのかわと呼ぶことにした。

天ノ川は弥山の大峰に沿うように流れながら
ソサを南北へ貫く大河となってゆく。

そうして大峰の途切れた谷あいより
東へ流れを変えるとゆるやかに海へ注いでいた。

河口のあたりでは
凪のように静かな大河となっているので
音無川オトナシカワと呼ばれていたが

まさかこの川が弥山と繋がっているとは
河口に暮らすひとびとは知る由もなく

イサナギ・イサナミの両神フタカミ
川上より降りてきたさいにはおおいに驚いていた。

火焚ひたきの匠人タクミであるカグツチの一族も
ソヲの深山みやまを拓くのに欠かせなかった。

杣人ソマった木をいかだに載せて川下まで運んでゆく。
もともと海辺に暮らす一族なので船を操るすべにも長けていた。

伐った木のうち、堅くしまった橿カシクヌギなどは
川下に流すことはせずに山中にて炭とする。

木を組み、盛り土をかぶせてカマとなし
火によって焚きあげてゆく。

炭焼きではひと月ほど山に籠ることになる。

そうしたことから炭焼きをおこなった山は
籠山こもりやま大森山おおもりやまなどと呼ばれた。

ソサでは水に沈むほどの重たい橿が見つかり
カグツチの匠人たちもみな沸き立った。

ソサ(紀伊半島)の地図
ソサ(紀伊半島)の地図

マフリ

天ノ川のほとりに築かれた籠山では
カグツチのおさがみずから炭焼きの腕をふるっていた。

七代天神アマカミのイサナギから託されていたのは
これまでのものよりもさらに熱く燃えるという
炭作りである。

イサナミは硬くしまった二本の炭を叩き合わせた。
キンキンという甲高い音が、山谷やまやにこだまする。

「いい音。これが木だなんて、とても思えない」

「まだまだ、これじゃあ遠くおよばね」

黒曜石ヌバタマのようにきれいなのに」

クロカネやわすには、まだ足らんのだわや。
 さーて、どげしたもんかいの」

カグツチの長は炭焼き窯の屋根をいていた手をとめると
長々とあくびをした。

その気の抜けたさまに
イサナミはつられて笑ってしまう。

「タカヒト(イサナギ)は悩むとすぐ眉を寄せて
 難い顔をするのに、マフリは違うのね」

「マフリ? あぁ、わーの名だったかや?」

「まだ慣れないの! もうずいぶん経つのよ」

カグツチの長には、名がなかった。
そこでイサナギはあらたに「マフリ」という名をたまわった。

ソサへ来た日、
カグツチの長は匠人たちの荷を背負って
高野宮までのぼってきたが

そのときに大山カグヤマを背負ったふりをしていたので
「かぐやまふり」から「マフリ」と呼ぶことにしたのだった。

「わー、や、そち、のままでも良えけどな」

「もう、慣れるまでずうっと言い続けるから」

怒ったような口ぶりのイサナミだが
顔はにこにこと、ほほ笑んだままである。

「籠りはじめたら、あんましひとと会うこともねけんの。
 一族ウカラもソサに散らばっちょうし、ハヤタマノヲとコトサカノヲも
 イサナギの勅命ミコトを伝えーためにソサを巡っちょうから
 ここにうのはイサコくらいだわや」

「ハヤタマノヲとコトサカノヲなら、ここまで送ってくれたのよ。
 ちょうど弥山に向かっていたらしくて」

「あぁ、いまは大峰の東だったかや?」

弥山にはじまるのは、天ノ川だけではない。

弥山の東の峠は、紀伊川きゐかわとの分水嶺みくまりになっていて
そこを源流として大峰の東の谷を南にくだり
天ノ川へと繋がる大河があった。

そこでその川は北山川きたやまかわと呼ばれた。

弥山のよりはじまり、峰のを流れて
天ノ川にキタより注ぐのでこの名となった。

天ノ川と北山川が合流して、音無川となる。

大峰の木々を筏で運ぶのはむしろ
北山川のほうが合っていた。

また支流をたどって峠を越えたなら
ソサの東の海辺にいちはやく抜けることができたので
いまでは北山川の開拓が進められていた。

「ソサでも、いちばん奥まったところだから
 思うように進まないって言ってたわ」

青銅カナアヤの斧でもえけんかや?」

「もちろん、それは助かってる。
 ほかにも雨による暴れ水もあれば
 毒蛇オロチ黒熊クマに合うことだってあるし
 群者ムラクモ(まつろわぬ民)が暮らしていることだってあるから。
 すべてを斧で討ち負かすわけにはいかないでしょう?」

火焚きの匠人カグツチによって
細戈千足国サホコチタル(山陰地方)からは鋳造ヰツクりのわざも持ち込まれたていた。
これによって青銅の斧が造られるようになり杣人には喜ばれていた。

ところが青銅によってスキクワを造ってみると
こちらは薄く長くするためにすぐに曲がってしまい
使い物にならなかった。

木で作ったもののほうがまだ使いやすく
田畑に暮らすひとびとには見向きされなかった。

「やっぱあ、クロカネかの」

「なんにでも、良し悪しがあるのよ。
 事を急ぎすぎると、きっと良くないことがおこる。
 マフリもいってたでしょ?
 考えすぎずに、力を抜いてみて」

「おー、おー。そげ、そげ。そん通り」

そういうとマフリは炭焼きの窯から離れて
イサナミの近くにあった丸木に腰かけた。

クマ

「あげにがい黒熊くまも、冬はこもって休むもんだわや。
 わしやちも山にこもうなら、黒熊にならわなえけんな」

大声で笑うマフリの姿に
イサナミはどこか見覚えがある気がした。

いつだったか、幼いときにこうした笑い方をする誰かに会って
そのひともこんな大きく野太い声を轟かせていたように思う。

「タカヒト(イサナギ)はソヲの西を治めて日高川ひたかかわとしたので
 いまはソヲの南を治めてるところ。
 南のほうは短山ひきやまが多いから日置川ひきかわと呼んで
 臣をきつれて行幸しているけれど、まだまだかかりそう」

「おー。やっちょうな」

「ワカヒルメ(ヒルコ)は高野宮からすこしくだった山野に
 天野あまの宮を築いて、ひとくさに和心ニココロを教えはじめてる。
 アワウタの文字ヲシテを、で木札に染めているみたい」

「おー。ようやっちょう」

「どちらも忙しいみたいで、しばらく会ってないの。
 わたしはひとり高野宮で政事マツリゴトに務めているんだけど
 ちょっと疲れちゃって。今日は気晴らし」

「おー、そげだがや。
 そらあ、ようござっしゃった」

というとマフリはあたりの小石をに並べて
ちいさな窯とすると、そこに小枝を組んでいく。

そうして炭焼き窯の口火くちびってくると
小枝に火をつけた。

つづけてあたりに散らばる炭を小石の窯にくべると
ほどなくして炭も赤く輝いていった。

「息を吹きかけなくても、燃えるのね」

「ここじゃあ谷口からの風をとらえるよう
 窯を造うんだわや」

甕から汲んだ水を、器ごと火にかけると
マフリはそこに松の葉をいれて煮だしてゆく。

「ええ炭は、器もきれいに焼けようから
 籠りには器もようけ作うんだわや。炭の良し悪しもわかるけんの」

「松の葉は?」

「気が鎮まって、おんぼら(穏やか)となるげな。
 わーはこれが好きで、よう飲んじょう。
 松ならそこらじゅうにあるでな」

煮立った湯を木のハシですくうと、ほかの器に注ぎいれて
匙ごとイサナミにさし渡した。

イサナミは胸が高鳴るのをおさえながら
ゆっくりと匙に口をつけて、湯を呑んだ。

すこしの苦みのあと
すっきりとした爽やかさが喉の奥を突き抜けてゆく。

「あぁ」

吐息とともに声が漏れ出てしまうのを、イサコは止められなかった。

松の白湯に感じ入ったからだけではない。

こうしてマフリとともに語らうことができたこと
マフリが手づから作ったものを呑み込んだこと
そのすべてが胸の奥からあふれてきてしまった。

「おいしい。おいしい。ありがとう」

噛みしめるようにいうと、イサナミはじっとマフリを見つめた。

顔かたちだけではなく、皺のひとつひとつまでも隈なく覚えられるくらいに。

「なんだや、目の下にクマでもあーかや?」

「マフリも気を抜いたらいいのに」

「わーがか? 休みやすみやっちょうけどな」

「マフリの炭は、黒くて硬くて、音もきれいだけど
 なんだかやり過ぎている気がして」

「おー、そげか?」

黒熊クマだって、胸のあたりに白く三日月が浮かんでいるでしょう?
 冬に籠って雪を見れないから、あえて白い毛を残しているんじゃないかしら?
 熊にならうのなら、それも真似してみない?」

「そうはつまり、すべてを炭にしきらず
 生木まきのところを残すってことかや?」

「ほら、が昇るカシラがみえるからヒガシっていうでしょう?
 だったら、からが出るように、木頭きかしらを残したら、
 のように強い火があがるんじゃないかしら?」

「生木の火と、炭の火を合わせて、より熱くするんか。
 そりゃ、まあ、やったことがねな」

「すこし足りないくらいのほうが
 足りないところが燃えて、より熱くなるんじゃない?」

そう言っている間に、なぜだかイサナミのほうが熱くなってきて
けたけたと大声で笑いはじめた。

じっとしていられなくなって、手足をはためかせて
まるで踊っているかのように、イサナミは笑い回った。

「なんだや、ササケでも呑んできたんかや?」

「ちがうの、アハハハハ……
 わからないけど、止められなくって、アハハハハハ」

「楽しそうだの。わーも、混ぜてごせ!」

するとマフリも、あっはっはっはっはと声を張りあげた。

それがまた可笑しくて、イサナミは涙まで浮かべながら笑い転げた。

ふたりの声は、しかし、ソサの谷間を抜ける風と
葉のさざめき、天ノ川の豊かな流れにかき消されてしまう。

「ようし、これが上手くいったら
 この炭はクマちゅうことにしょう。
 熊のように、黒くても燃えさかる力があるけんの」

女子ムスメに降りる災いは父の汚穢ヲヱ
 男子ヲノコに降りる災いは母のクマというけれど
 このおおきくて丸い窯は、まるで母のお腹のようだもの。
 きっと良い隈(炭)ができるわ」

「熱く熱く、燃える隈ができるとえがの」

「前に見せてもらったけど
 この狭い焚き口から真っ赤に燃えた炭が出てくるのも
 まるで赤児が生まれてくるみたいだった」

「そら熱く熱く、燃えた子だわや」

 炭窯からゆらゆらと沸き立つ湯気を
 イサナミは遠い遠い彼方を眺めるように
 うっとりと見つめていた。

ハナキネ

夏の初め。
イサナミは高野宮にて、五人目となる御子を産んだ。

橘の咲くころに生まれたので「ハナキネ」と名づけられた。

朱砂すさで染めたように
真っ赤に身体を煮えたたせたハナキネの泣き声が
ソサの深山に響きわたった。

はなのもと うたおをしゑて
こおうめば なもはなきねの
ひとなりは いざちおたけび
しきまきや

ホツマツタヱ 5アヤ

(つづく)

解説

ヲシテ文献の空白部分を
想像力によって補ってみようという小説企画です。
「異文」としているのはあくまで可能性のひとつということです。

近畿最高峰といえば
大峰おおみね山脈にある八経ヶ岳はっきょうがたけですが

そのすぐ北にはやや低い
弥山みせんが並んでいます。

古くは「御山(深山)」と書かれていたらしく
「みやま」と呼ばれていたのでしょう。

弥山の山頂にある弥山神社は、
天河大弁財天社てんかわだいべんざいてんしゃの奥宮といわれています。

本社のほうは
弥山から流れる天ノ川あまのがわのほとりにあります。

天河大弁財天社から
5キロほどくだった天ノ川の北岸には
籠山こもりやまがあります。

空海くうかいの籠り道場の跡ともいわれる地ですが
今回はここを舞台としてみました。

小説では「カグツチ」を
火焚きの職人集団の総称としています。

また族長の名を「マフリ」としましたが
これも小説設定でありホツマツタヱには登場しません。

はないわや神社や鬼ヶ城おにがじょうの沖に「魔見ヶ島まみるがしま」という小島があり
地元では「マブリカ」と呼んでいるというので
ここから名を取って「マフリ」としました。

たたら製鉄で使われる炭は「大炭おおすみ」といい
木頭きがしら」という未炭化部分を残したものだったといいます。
火力をあげるため、あえて劣悪に作るようです。

世界最古の炭は、
愛媛県のカラ岩谷遺跡でみつかった約30万年前のものだといいます。

また縄文遺跡からもおおくの炭が見つかっていますから
炭は太古から燃料として利用されていたのでしょう。

けれどもホツマツタヱの「スミ」の用例のなかには
燃料としての「炭」の用法がありません。

「隅」や「墨」の用法はありますが
これを「炭」とするには無理がありそうです。

「隅」という文字は「クマ」とも読みます。
ホツマツタヱで「クマ」といえば「女(母)の厄(穢)」のことであり
男子ヲノコにおりて災いをなすもの」でもあるようです。

これがのちの「熊野クマノ」の由来にもなります。

古語辞典によれば「クマ」とは
「奥、影、曇り、暗い、片隅、欠点、隠す、秘密、曲がり角」
などの意味があるといいます。

動物の「熊」も
奥まった穴に籠ることや黒い暗い毛色から
「クマ」といわれたようです。

そうであるならば
木が黒くなって片隅に残り、燃える力を隠している
「炭」のことも「クマ」といっていいような気がしてきます。

「クマ」が「隈」となって「すみ」と読まれ
「炭」の字があてられたのではないでしょうか?

竈神カマトカミのオキツヒコは
ニステカマとツクマナベの例え話によって
夫婦の仲を持ち直したといいます。

この「ツクマ」がまさに
「炭火によって付いた黒焦げ」のことだったのではないでしょうか? 

みなさまのご研究の一助となれば幸いです。

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